『アレフ』(1949)ホルヘ・ルイス・ボルヘス

 

鼓直

 

ボルヘスを読むのは『伝奇集』に続いて2冊目

17作の短編が収録されている

 

 

 

2025/10/3~11/6

 

 

不死の人

〈不死の人々の都〉への冒険譚
とりとめのない構成
不死の人ってホメロスかーいww 大ホラぶち上げてて笑う
ずっと冒険のあとをついてきていた部族の男こそが不死の人で、ホメーロスその人であった。
しかし、そうして語っている男自体が不死の人ホメーロスでもあるのでは?という矛盾が提出され、先に語っていた「不死の人はすべての人である(時間が無限だから)」という思索が実態を伴って浮かび上がる美しい構成。

……なんだけど、やっぱ私はボルヘスのこういう短編好きじゃねぇな〜〜〜と思う。頭でっかち過ぎるし、構造的にうまく出来すぎていて遊びが無くて面白くない。

無限へのフェティシズムなんかも、やってることほぼ「バベルの図書館」と同じだし。
むしろ、そういうミステリ的?なロジック/アイデアよりも、それを置いてもなお晦渋なこの文体・文章表現こそボルヘスの本質なのではないかと思う。(といっても、文章もそんな好きじゃないけど。読みにくいし)

 


死人

荒野の荒くれ男たちと暴力と死。ボスを暗殺しようと若者がのし上がっていたと思ったら、全ては掌の上で騙されていた、というとても単純なハナシ。「南部」の系譜か

 


神学者たち

「時間は円環」派を論駁したい似た立場の神学者たちのライバル意識。BL いいぞ〜

 〈車輪〉は〈十字架〉の前に屈したが、アウレリアヌスとヨハネスは密かに戦いを続けた。二人はおなじ軍団で戦った。おなじ勲功を望み、おなじ〈敵〉に立ち向かった。口には出さないがアウレリアヌスは、ヨハネスを凌ぐつもりの無いような言葉は一語も書かなかった。 p.52

男の間での嫉妬の話……好き!

 

 突然、二十語からなる文章が頭に浮かんだ。彼は喜んでそれを書き取ったが、その直後に、それが他人のものではないかという疑念に襲われた。……不安に悩まされることになった。その字句を変えたり削ったりすれば、表現の力を殺ぐことになる。手を加えなければ、憎悪する相手のものを剽窃することになる。 p.57-58

神学者のチャドだ

 

そういうことか〜 反復を否定するための字句が、最も憎い相手のそれの反復になってしまって二律背反に陥る(ことで、無限性か一回性かという神学の議論内容にプロットが接続される)ってことね

え、なんでヨハネスが告発処刑されるの? 因果がわからない

 彼が炎に包まれようとした時、アウレリアヌスは思い切って視線を上げた。火の手が一瞬止まった。最初で最後だったが、アウレリアヌスは憎むべき相手の顔を見た。ある人間の顔を思い出させられたが、何者であるかまでは分からなかった。 p.59-60

 アウレリアヌスはヨハネスの死に涙こそしなかったが、すでにその一部となっていた、不治の病が癒えた者が感じると思われるものを感じた。 p.60

すげぇ的確な表現だ……

 正午に雷で森が焼け、アウレリアヌスはヨハネスとおなじ死に方をすることができた。 p.60-61

うおお…… BLだ……

 計りがたい神にとっては彼はヨハネステデ・パンノイア(正統派の者と異端者、憎む者と憎まれる者、告発者と犠牲者)はただ一人の存在であることを、アウレリアヌスは楽園において悟ったと言うほうが正確である。 p.61

そういうことか〜〜 それがやりたかったのね〜〜

嫉妬BLという人間ドラマはかなり好みだけど、それがこうして思弁的なテーマに綺麗に回収される(オチがつく)点はやっぱり苦手だ。それさえなければボルヘスを好きになれるんだけど、それを無くしたらボルヘスではなくなるだろう。

男と男の非対称な(殺し-殺され)関係がラストで入れ替わる話と捉えれば、前作「死人」も割りかし本作と似た主題だと整理できるのか。

 

戦士と囚われの女の物語

侵略対象だった都市に魅力されて寝返った「蛮人」の戦士男と、インディオに拉致されてすっかり「野蛮」な部族の一員となったイギリス女。
さすがにオリエンタリズム全開すぎないか? サイード以前とはいえ。

 しかし二人はある秘められた衝動に、理性より遥かに深い衝動に突き動かされたのだ。 p.69

歴史上の2人を本質的に「同一」とする見方は無限反復説の範疇だ。

 

タデオ・イシドロ・クルスの生涯

 (肝心な、啓示的な夜は未来に身を潜めて、彼をひたすら待っていた。彼がついに自分自身の顔を見る夜は。彼がついに自分自身の名前を聴く夜は。よくよく考えれば、その夜は彼の生涯を要約するものである。さらに言えば、その夜の一瞬、その夜の一つの行為がである。行為はすべて私たちを要約するものだから。) p.74

ここかっこいい
ポール・ヴァレリーの有名な雷雨の夜のエピソードっぽい。

 

またかよ!! 「お前は俺だ」をずっとやっている。そういう短編集
戦っていた相手に寝返るのは前篇から引き続き。
すばひびにこういうエンドあったなそういや


エンマ・ツンツ

自死に追い込まれた父の復讐を果たす19の娘。
倒叙ミステリ的な?

いちおう、セックスした相手の男を入れ替える(同一視する)という点で例の無限反復性っぽい要素はある。

ボルヘスって思弁的で抽象的な話ばっかなイメージあるけど、一方でわりとサスペンスも多いよな……

サスペンスと思弁を両立・融合している。

 重大な出来事は時間の外にある。理由は、そのなかでは直前の過去は未来から切り離されているか、出来事を形づくる部分が一貫性があるとも思えないか、のいずれかだ。 p.81-82

は?

 


アステリオーンの家

語り手と「家」の正体が最後で種明かし(どんでん返し)される。ワンアイデアなんだよな〜 伏線系・ミステリ好きからしたら嬉しいんだろうけど……

今回は人物ではなく家の各構造が無限反復的であった。

 家のすべての部分は何度も反復され、どの場所も別の場所である。 p.90

ここから迷宮を導いたのか

 二六時中、閉じた眼と荒い息遣いによって眠ったふりを装うこともある。(時折、実際に眠ってしまう。また時折、眼を開けると空の色が変わっている)。 p.89

ここ好き おしゃれ

 

houseofleaves.akazunoma.com

『紙葉の家』のファンサイトでも言及されていた。

hiddenstairs.hatenablog.com

 

 

もう一つの死

死に方が対照的なふたりのダミアンの謎を追う

 そして彼のおぼろなイメージは消えた、水が水中に消えるように。 p.101

良い直喩

タイムリープ多世界分岐もの
SFミステリだなあ

 


ドイツ鎮魂曲

ヒトラーが語り手かと思ったが、ナチスの別の有名人らしい

 

 ナチズムはその本質において、道徳的行為である。 p.110

 

 「虎を描くツェ・ヤン」と題したあの深遠な詩の多くの六脚韻を、私は今でもそらで繰り返すことができる。この詩は虎の縞模様に似ており、静かに横たわった虎たちがひしめき、駆け回っている。 p.111

すごい比喩
横たわっているのに駆け回っているんだ

 この間も、めでたい戦いの大いなる昼と大いなる夜は私たちの頭上を巡っていた。私たちの呼吸している空気には、愛にも似たある感情が漂っていた。ふいに海辺に立ったときのように、血の沸き胸のおどる思いを味わった。当時はすべてが、夢の趣までが異なっていた。 p.112-113

エモい

 ヒトラーは一つの国のために戦っていると信じたが、実はすべての国のために、攻撃し憎悪しているあの国々のために戦ったのだ。 p.115

いつもの「お前は俺だ」論理
なんだかなぁ
反-政治性という名の強靭な政治性

 


ひとつのテーマに沿った短編を集めているコンセプチュアルな作品集なのはわかるが、流石にワンパターンすぎないか?と思ってしまう。


アヴェロエスの探求

どゆこと?? 17世紀スペインの著述家アヴェロエスについて語っていたが、ラストで「私」が出てきて、物語る者と物語られる者との関係?に着地する。
アリストテレス著作のなかの「悲劇」と「喜劇」という単語について
これも歴史と人間の無限の繰り返しについて何か言おうとしてはいるようだが、よくわからない


ザーヒル

ある日、バーのお釣りで手渡されたザーヒル硬貨に取り憑かれて、そのことしか考えられなくなってしまった「私」=「ボルヘス」の話。
前半のザーヒルを手にする前のモデル、テオデリナ・ビジャルが死ぬまでを語るパートはどういう意味があったんだ。たぶん後半に繋がってるんだろうけど普通に読み落としている。
ほんま、よくこんな文章書けるな。うまいけど、難しいし好きじゃないんだよな〜〜

 私はもはや宇宙を知覚せず、ザーヒルを知覚するだろう。 p.146

最後の最後でお決まりの無限反復論に回収されて草
全体は任意の最小単位の反復によって再構成できる、というある種数学的な世界観。

 

神の書跡

前篇「ザーヒル」の続編、あるいは対を成す作品。
「ザーヒル」が、ある個体にとらわれてそのなかに全体を見出す話だったのに対して、こちらははじめに神の言葉=全体を解読するという目的ありきで、身の回りの個体のなかから解読対象を選び出す。
しかも選んだのが虎なのも前篇と通じている。
ミステリめいてもいる。暗号解読

 

アベンハカン・エル・ボハリー、おのが迷宮に死す。

迷宮殺人ミステリー ちゃんと探偵役がいて解決される
要するに犯人と被害者の入れ替わりトリックってことか
お前は俺だ、をずーっとやっている。そして迷宮フェチ
時間内容じたいは素直なミステリだが、語り方が文学。とてもまだるっこしい

 


二人の王と二つの迷宮

 ※1 これは教区司祭が説教壇で披露した話である。一六二ページを参照のこと。 p.175

前短篇のなかに出てきた話=スピンオフ掌編だ! ここにきて遂に明示的に作品同士が繋がった。
内容は素朴な復讐譚・寓話

 

待ち受け

夢とサスペンス
追われている身の男が、殺されるのを夢に見て、夢見るように殺される。


門口の男

ビオイ=カサーレス!?
よく分からない イギリス統治下のインドで誘拐され殺された裁判官の男グランケアン
事件がかなり前なのか直近なのか矛盾した描写。門にいた老人男と、その話の中の「狂人」の関係は? 同一人物?

 家と家とが異なることなどありえない。肝心なのは、その家が建てられているのが地獄か天国かを知ることだ。 p.193

巻末解説に "語られる時間と語る時間との時差がいつの間にか消失する「門口の男」" とある p.246
やっぱそういう仕掛けだったのか。あんまし驚けなかった



アレフ

私=ボルヘス
屋敷の地下室で見えるという〈アレフ〉。すべての点が同一の点を占めている球体?
一瞬のうちに見た〈アレフ〉のイメージの数ページにわたる羅列=大喜利

 あらゆるページのあらゆる文字を同時に見た(子供のころの私は、閉じた本の文字たちが、夜のうちに、混ざり合ったり消えたりしないが不思議でならなかった)。 p.215

素敵な発想

うーむ、どういうことやらさっぱり分からず終わってしまった。地下室でみた〈アレフ〉は偽物だとかなんとか
語り手が慕っていたっぽい亡きベアトリスはどう繋がってくるんだ

 

内田兆史による解説

1940年代前半の『伝奇集』と、後半の『アレフ』との対比。文明と野蛮という二項をいずれも取り込んだ。作者自身を語り手にするなど、より血肉が通った普遍的な作品が増えている、と…… それでも私にはまだまだ「頭でっかち」に思えてしまった。

『伝奇集』でいちばん好きだとよく言っている「南部」ってあとから加えられたのかよ。時期的には『アレフ』に入ってもおかしくないらしい。

最初の「不死の人」がボルヘスの短編のなかで最長なんだ……

 

 

感想まとめ

やっぱりボルヘスが苦手だ!!!!
SFやミステリのファンがうまぶって褒めたくなるのは分かるが、わたしはどちらのジャンルも嫌い寄りなので……

ワンアイデアなんだよな~~~ 頭でっかち。そしてワンパターン。無限反復、全は一にして一は全、お前は俺だ、をずっとやっている。

文章もすげぇとは思うけど読みづらさが勝って、好きにはなれない。

同じアルゼンチンの短編作家コルタサルは、ワンアイデアでも文章がめっちゃ好きだし、衒学的ではないから。。

思弁的/頭でっかちといえば、大学生の頃に読んだヴァレリームッシュー・テスト』とかも似ているのかなぁ。あれは大好きだった。今読んだら分からないけど。

 

強いて挙げれば、「神学者たち」と「神の書跡」が好きだった。

 

 

 

 

 

ラテンアメリカの短編集たち・・・・など

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