『近代能楽集』三島由紀夫(1956)

 

 

なんやかんやで、三島の本を一冊読み通せたのはこれが初めてです……

 

こっち↑の古いバージョンを、実家の母の本棚から抜き取ってきて読んだ

 

2025/9/3(水)~10/2(木)

 

・邯鄲(かんたん)

おもしろい
戯曲だと三島の緻密な地の文がほぼ無いため、小説より読み易い

菊も次郎も狂っている
夢の中で次々と不可思議な人物が登場する幻想的・シュルレアリスム的な話

 次郎 (言下に)ううん、僕は女を愛したことも愛されたこともありはしない。
 菊  そうすると失恋でもないんですねえ。
 次郎 あはは、菊やって、馬鹿だなあ。 失恋なんかするやつは、子供さあ。 p.13

 

 美女 あなたったら素直な女が好きなのね。ずいぶん古風でいらっしゃるのね。すこし抵抗のある女じゃなければ、おもしろくないでしょう。
 次郎  うわあ、うるさい。きまり文句だ。
 美女  あたくしの名前は、キマリというのよ。
 次郎  そんな馬鹿な名前、きいたことがない。
 美女  ごらんなさい、名前になればきまり文句もきまり文句じゃなくなるんだわ。
 次郎  そんなの、洒落にもなりゃしない。
 美女  あら、慄えてる。あなたの手が、そら、蝶々みたいに、……つかまえたげる。(次郎の両手をおのれの両掌の内に包む) つかまえた。さもなけりゃ、あなたの手があなたからとんでゆくとこだったわよ。
 次郎  君は空想家だね。
 美女  (狡猾に笑いて)あなたの真似をしているのよ。 p.23

 

 次郎  だから、きらいなんだ、お酒は。
 美女  だって今はそんなことを言ってるけど、十年たつとあなたは呑んべになるわ。
 次郎  それは知ってる。でも十年さきにどうせ呑んべになるからって、今呑まなければならない理由がどこにあるんだ。
 美女  理窟を云うとき、あなたの目はずいぶんかわいいわ。自分の理窟に自分で酔ってる目。
 次郎  今君の目のなかをこわいものがとおりすぎた。
 美女  こわいものって何が?
 次郎  女の目のなかにはね、ときどき狼がとおりすぎるんだよ。
 美女  おおかたシェパアドのまちがいだわ。
 次郎  僕はちっとも君を好きじゃない。
 美女  それでも半年あとにわたしたちは結婚するのよ。
 次郎  僕はちっとも君を好きじゃない。
 美女  好きでなくたって、わたしたちは遠からず結婚するのよ。 p.23

素晴らしいやりとり

 


・綾の鼓

面白かった。
やはり台詞の力が強い。名言をいくらでも書けるタイプ

 マダム そのおじいさんのラヴレターが、今日でもう何十通、いえ、何百通なんですの。
 戸山  別々のところへ出せば、一つぐらい当るのにね。
 金子  君の説は一理あるよ。しかし恋愛が結局蓋然性の問題ならね、一人の女の中にある蓋然性は、無数の女の中にある蓋然性と同じものかもしれないよ。
 藤間  その恋文は、お見せになりましたか? 奥さんに。
 マダム お見せできるわけがないじゃございませんか、みんな私が櫛拭きに使いましたの。
 戸山  櫛ってそんなに汚れるもんなの?
 マダム 櫛って、うちの犬の櫛でございますよ。うちにはワイヤーヘアード・フォックステリヤが五匹居りますの。櫛で頭や背中を掻いてやると目を細くして喜びますの。
 金子  恋と犬とはどっちが早く駆けるでしょう。
 藤間  さてどっちが早く汚れるでしょう。
 マダム まあ、洒落た殿方とお話していると、心がうきうきいたします。

「恋と犬とはどっちが早く駆けるでしょう」←なにかのコピーに使えそう

 

 亡霊  だが儂はもう幻じゃない。生きているあいだ、儂は幻だった。今では儂の夢みたものだけが残っている。儂を失望させることはもう誰にもできない。 

 

 笑いなさい! 笑いなさい! いくらでも笑いなさい! ・・・・・・あんた方は笑いながら死ぬだろう。 笑いながら腐るだろう。儂はそうじゃない。(舞台奥の窓のほうへ歩む)......儂はそうじゃない。笑われた人間は死にはしない。笑われた人間は腐らない。

迫力がある名シーン

左右両側に建物を配置する舞台設計。最後飛び降りるのが右側の窓ではなく奥側の窓からだというのも良い。

映画『たまこラブストーリー』の元ネタ?……は、別の海外演劇

 


卒塔婆小町

「俗悪」がキーワード

生甲斐? 冗談をおいいでないよ。こうして生きているのが、生甲斐じゃないか。私は人参がほしくて駈ける馬じゃあない。 p.93

 しかしあんたみたいなとんちきは、どんな美人も年をとると醜女になるだろうとお思いだろう。ふふ、大まちがいだ。美人はいつまでも美人だよ。今の私が醜くみえたら、そりゃあ醜い美人というだけだ。あんまりみんなから別嬪だと言われつけて、もう七八十年この方、私は自分が美しくない、いや自分が美人のほかのものだと思い直すのが、面倒事になっているのさ。

いいね

 


・葵の上

精神分析 性的コンプレックス、リビドォ ←時代を感じる。

 六  それに気がつかなかったあなたが悪かったんだわ。あたくしの目が、とっくに誇りを失くしていたことがわからなかったの? 高飛車な物言いをするとき、女はいちばん誇りを失くしているんです。 女が女王さまに憧れるのは、失くすことのできる誇りを、女王さまはいちばん沢山持っているからだわ。......ああ、この膝。あなたの膝は、冷たい、硬い、枕ね。
 光  康子さん……。
 六  この枕なら眠れるわ。冷たい、硬い、決して熱くならない枕。 ……あたくしの枕は、頭をつけるとすぐ熱くなるの。 あたくしの頭は枕の熱いところから、冷たいところへ逃げまわって夜を明かすの。沙漠の熱い砂の上を足で歩ける人も、あたくしの枕の上は歩けない。 p.121

すげ~・・・

 

 六  あなたって、あなたのそばにいる女が、ふとあたくしじゃなかったら、ってお考えになることあって?
 光  ないよ、別段。
 六  どうしてこの世に右と左が、一つのものに右側と左側があるんでしょう。今あたくしはあなたの右側にいるわ。そうすると、あなたの心臓はもうあたくしから遠いんです。もし左側にいるとするわ。そうすると、あなたの右側の横顔はもう見えないの。
 光  僕は気体になって、蒸発しちまうほかはないな。
 六  そうなの。あなたの右側にいるとき、あたくしにはあなたの左側が嫉ましいの。そこに誰かがきっと坐るような気がするの。 p.127

最高

ああ、そんな風に仰ることはそれはお薬よ。傷口を立ちどころに癒してしまうお薬よ。すばらしいお薬よ。 でも……あなたって、わかっているわ、こういう方なの。薬をさきに下さって、傷をあとからお与えになるの。決してその逆はなさらない。まず薬、薬のあとで傷、そうして傷のあとでは、決して薬は下さらないの。 ……いいえ、あたくし、わかっているの。あたくしはもうおばあさんだわ。一度傷をうけたら、若い女のように恢復が早くないわ。あなたがやさしいことを言るたびに、あたくしおそろしさにふるえるの。こんなによく利くお薬のあとでは、どんなにひどい傷が待っているだろうかと。 このごろではあたくし、あなたがやさしくない物の言い方をなさるほうがうれしいの。

台詞キレッキレだ

源氏物語』を知っていればより楽しめるのだろう

下手側からいきなり白いヨットが出てきて病室のベッドを覆い隠す場面転換が演劇ならではって感じで良い

 


・班女(はんじょ)

四十歳で「老女」かあ
ヘテロ百合三角関係だ

 あの人の不幸は美しくて、完全無欠です。誰もあの人の不幸に手出しをすることはできません。 p.144

異性愛に同性愛が打ち勝つ話でうれしい

 

道成寺

クソデカい箪笥のオークション。踊り子が乱入して品物がいわく付きであることを明かす。
大道具の活用
恋人の男を喪った女が、自身の美しい「顔」のままに生きていくことを受け入れられるようになる話

 


・熊野

「第四の壁」が原義のベタフィクションの意で使われてるとこ初めて見たかも
50代実業家の宗盛はクソ男だけど台詞にキレがある。

 楽しみというのは死とおんなじで、世界の果てからわれわれを呼んでいる。その輝やく声、そのよく透る声に呼ばれたら最後、人はすぐさま席を立って、出かけて行かなくちゃならんのだ。 p.190

どうしてそんなに自分の感情を大切にするんだ、ユヤ。それは一種の病気だよ。 p.191

ふたりの対照的な掛け合いがすごい

 

うわー 終盤で盤面がひっくり返って真偽の位相がしっちゃかめっちゃかになった。

「女は嘘つきで悪どい」というミソジニーステロタイプとはいえ、ちゃんと名作の風格があってなかなかに面白い。この戯曲集および三島の作品はだいたいそうなんだろうな。

 


・弱法師(よろぼし)

視覚障害者を超然とした「狂人」に位置づける、非常にナイーブな設定ではあるが、やはりこういうキャラの台詞回しが上手い。

 何だって言葉なんか喋るんです。黙っているか、泣いているか、どちらかにしなさい。あなたのそんなきれいな声が、言葉なんか喋ったら台なしだ。 p.212

 これが僕の形でなんかありはしない。地球のおもてのいたるところの凸凹の、そのつづきの凸凹にすぎないんだ。 p.214


「狂った」哀れな男が、最終的には、より懐の深い女に包まれて支配される構図の話はこれで何作目だろう

 

 


おわり!

けっこう面白かった。三島の装飾的で文学センス抜群のお堅い文体には苦手意識があるが、戯曲だとそういう地の文がなくて、キレッキレの台詞回しだけを楽しめるので、読み易いし自分に向いていた。三島は戯曲から入門するのがいいのかもしれない。

どの作品も基本的に「女」というものを愛に狂っていたり悪どかったりと異化して描いているが、そうしたミソジニーを簡単に一蹴できないほどの風格があった(曖昧な表現)。やはり真の右翼的知性を学ぶために三島はちゃんと読んでいきたいなぁと思った。

 

 

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