『スワロウテイル人工少女販売処』(1)籘真千歳

 

 

スワロウテイル人工少女販売処

スワロウテイル人工少女販売処

 

akosmismus.hatenadiary.com

 

SF研の机に平積みされていたときから気になってはいたが、読もうと決心するきっかけは、みかんさんのおすすめのSF小説リスト↑に載っていたからだ。表紙やタイトルからはラノベ臭がすごいが、あの人がそんなに好きな本なら……ってことで読んでみたいと思った。

 

 

 

第1部

第1章(p.70)まで読んだ。

 

・SF設定と描写

なかなかSF世界観が凝ってる。

〈種のアポトーシス〉感染拡大防止のための人工島の男女隔離(クソデカ歯車、ハーフミラーによる"第2の太陽"!)、蝶型微細機械群体(マイクロマシン・セル)による人工妖精の伴侶としての運用などなど。(SFって東京を海に沈めるの好きだな……伝統でもあるのか?地方出身者としては、それに首都民の自虐を装った驕りを透かし見てしまう。まぁ作者は沖縄出身だけど)

根本的には感染症ジェンダーについてのSF作品だと現時点では認識している。たとえ物語では前景にあっても人工妖精はその副産物。

 

私はSFがそんなに好きじゃないので、設定が凝っていたところでそれほど何とも思わないが、しかし本作はSF設定が凝っているのに留まらず、それらがちゃんと小説的・物語的な魅力へと繋がっている点は評価している。

 

特に冒頭の、疑似無重力ラブホでの死体鑑査シーンの五感的な鮮やかさは大変に素晴らしい。
高層階で半透明な床というクリーンで無機質なイメージと、普段嗅ぎ慣れていないが故に強烈な精液と死体の悪臭というダーティで生物的なイメージの混交が鮮やかで印象に残る。
また、壁をびっしりと覆っている大量の蛹という不気味な存在(火元ではNaが反応して爆発物になり得るという危険性も付与される)が、遅れて到着したヒロインの"オカルト"たる〈口寄せ〉によってダイナミックに飛び集まり人の形を成していくというアクロバティックなイメージの転換(変態)の衝撃、そして神経網と片腕だけを形成してヒロインの喉元に血管を浮き立てて襲い掛かる暴力的な姿の鮮烈さ……一連の流れはほとんど完璧と言ってよい。

 

羽ばたく禿鷲のように五等級が大きく袖を広げると、室内の蛹が一斉に羽化した。朱、碧、蒼、黄金。人目に見苦しくないように様々に彩られた蝶たちが一斉に乱舞し、全員の視界を埋め尽くした。 p.19

今気づいたけど「一斉に」を反復しているのはわざとなのだろうか。

 

神経だけの人型は、脊髄に直結した四枚の羽以外には、右腕の肘から先だけが骨を、筋肉を、肌を得て、自らの重みに負けたようにぽとりと床に落下した。 p.20

「斬られた相手は重みに耐えかね必ず地に這いつくばり侘びるかのように頭を差し出す……故に『侘助』」!?

 

再び手が這いずり、神経軸索に引っ張られた脳がひっくり返ったが、その場の誰も、当の手自身も気にとめた様子はなかった。 p.21

ここで誰も気にもとめていないってのが、状況の緊迫感を伝えていて凄い良い

 

五等級の喉にまでたどり着いた手が、ネックウォーマーの上から首を掴み、締め上げる。顔のない憎悪が、血管と関節が浮き上がる手の甲から伝わってくる。もし今、彼女に目が、口があったなら、いったいどんな表情をしているのか、泣いているのか、怒っているのか、その両方か。 p.23

ここの迫力も凄い。川端『片腕』とかもそうだけど、こういうフィクションにおける手だけのキャラにフェティシズムを感じるかもしれない。ペルニダとか……(あらゆる物事をBLEACHに繋げる男)

 

 

ジェンダー観について

ジェンダーマイノリティの観点はほとんどなく、その線での批判は免れないだろう。
"性の自然回帰派" を過激派と呼ぶ資格がないほどに、異性愛中心主義が作品設定に根を張っている。

「SFなんだからいいじゃん!」という反論は無意味で、そも現実の日本から地続きのそう遠くない将来の世界を舞台にしている以上、ジェンダーマイノリティは依然として人工島住民のなかにも存在するはずだし、何よりジェンダーSFをやる上でそこの解像度が低いのはフィクションとしても勿体ない。

〈種のアポトーシス〉は男女間の性交でしか感染しないから、人工島住民はジェンダーマジョリティしかいないはずだ、という指摘も当たらない。ジェンダーアイデンティティは遺伝のみで決まるはずがない。

 

彼らは人工島でどのように生きているのだろうと考えずにはいられない。同性愛者は人工妖精など差し置いて行為をしているのだろうか?(というか同性間の性行為では絶対に〈種のアポトーシス〉感染リスクはないのか?その辺の設定の詰めが甘い気がするし、少しでもあるとしたら、同性愛は固く取り締まられてそう。取り締まられてすらいないということは、本作では一切同性愛者の存在が抹消されているということになる)

 

トランスジェンダーXジェンダー、ノンバイナリー、クィア、クエスチョニング系の人たちは、そもそも身体的性によって男性区画か女性区画のいずれかに一生閉じ込められるという点で尊厳が剥奪されまくっているだろう。

世界観の根幹に古典的な性別二元論があるために、これらの人々の存在はさらに強く抹消されている。(始めから考えられてすらいない)

 

アセクシャルノンセクシュアルの人は……上の人たちに比べると、人権侵害の程度はそれほどでもないかな。性別二元論に基づく異性愛中心主義は蔓延っているけど、恋愛至上主義はそこまで強くは無さそう。独身者も多いらしいし。あくまで(異性の)伴侶を持ちたい人には人工妖精があてがわれるけど、全員が人工妖精を持たなければいけない義務とか風潮は無さそうなので。

いずれにしろ、「男女が隔離されたらどうなるか」という発想に基づくジェンダーSFを素朴にやろうとした弊害として、(作中世界に存在するはずの)ジェンダーマイノリティへの配慮が抜け落ちていると言えるだろう。

 

その代わりに、男性には女性の姿をした、女性には男性の姿をした人造人間である人工妖精(フィギュア)が区民にあてがわれている。人工妖精は容姿、人格、性格、技術、趣向など広範なマーケティングによって人間の多様な嗜好に応えるバリエーションが用意される。 p.31

ジェンダーマイノリティは「人間の多様な嗜好」には含まれていないようだ。「男性には女性の姿をした、女性には男性の姿をした」という言い回しの抑圧性・加害性にあまりにも無自覚であることがよくわかる。

 

なお、今後ジェンダーマイノリティに関する描写が来る可能性は大いに有り得るので、手のひらを返す準備はできている。

 

 


・人工妖精について

"第三の性"ではなくないか?男性用の人工妖精は、あくまで生身の女性の代替物であって、女性的でも男性的でもない、正真正銘 "第三の性" と呼べるような外見・人格を有しているとは今のところ思えない。やはり男女二元論が根底にあり、それを"第三の性"などという言い方でなにかジェンダー的に進歩しているかのように錯覚・隠蔽する向きがあるように思えてモヤモヤする。

実は、そうした隠蔽的な意図さえも作中思想として織り込み済みで、ここから人工妖精によってジェンダー脱構築する展開になったら大絶賛するけど。

 

 

人工妖精にとっての微細機械(ナノマシン)は人間にとっての細胞みたいなもので、そうしたミクロなレベルで人間の構造を模しているという設定から、ヒューマノイドにしても実質的にほとんど人間と変わらないと見なしていいだろう。(だからこそ"妖精人権擁護派"が存在する。この辺りの整合性は取れている)

にしても、人間と全く同じ構造でありながら、肉体的に成長せず、子供を造る能力もない、というのは首をかしげる

それって全然違う構造では?人間と全く同じ構造を保ちながら成長能力も生殖能力も持たないのってすごく矛盾している気がする。そのへんの設定の怪しさは「微細機械だから」で片付けられる(それ以上のリアリティは求めてはいけない)のだろうけど、少し不満が残る。微細機械についてのより詳細な説明が今後されることに期待。

 

 


・文章について

文体は……三人称で、そこそこお堅めにやろうという姿勢は見える、文学っぽさを意識した典型的なラノベ・エロゲ文体の範疇ではあると思う。三人称の語り手は、作品世界のSF設定や人物設定を適宜都合よく読者に説明しており、語りの恣意性などへの目配せが見られる兆しはない。(まぁそれはこうしたエンタメ系作品では仕方ないが)

しかし読んでいくと、細かい言い回しやSF設定に関する用語のチョイスなど、なかなか巧いなぁと感心させられた。

赤色機関(Anti-Cyan)とかゼッタイ語感だけで選んだだろって感じほんと好き。一度見たら忘れない完璧なネーミングだと思う。

精神原型(S.I.M.)とかは遊び心あって良い。多様なバリエーションのはずがなぜ4タイプしかないのかは謎だけど。

火気質(ヘリオドール)とか水気質(アクアマリン)とか、毎日が楽しくて仕方なかったあの頃を思い出すネーミングセンスで好き。

 

 

・その他


人工知性の「倫理三原則」に加えて人工妖精に課される「情緒二原則」という設定はなかなか面白い。
この第4原則が今後のストーリーの鍵を握ることは明らかなので楽しみ。


男女が隔離されてる状況下で子孫はどう残すのか(人工妖精に生殖機能はない)気になっていたが、男性は〈受精センター〉なる施設の人工子宮で生殖するらしい。女性側は普通に妊娠するのか、それとも人工子宮を用いるのだろうか。


スワロウテイル」と名の付く作品のヒロイン、100%アゲハ説(岩井俊二……)

 

 

 

 

スワロウテイル人工少女販売処

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スワロウテイル

スワロウテイル

  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: Prime Video