『考えたことなかった』魚住直子

 

家に泊まりに来た母親が読んでいたのに興味を持って読んだ。

 

主に家事労働におけるジェンダーバイアスを扱った、啓蒙的な児童文学。

前作『いいたいことがあります!』(2018)の主人公:陽菜子(小6)の兄である颯太(中2)を今度は主人公として、男子側の目線からの、いわゆる「有害な男性性 toxic masculinity」への "気づき" を等身大かつプチ・ファンタジーな物語のなかで描く。
(※わたしは前作を読んでいません)

ファンタジーエンタメとしてのどんでん返しのギミックが逆『すずめの戸締まり』でウケた(双方のネタバレ) 人語が使える猫が出てくるし、そもそも男性が猫という愛らしくか弱い存在に変えさせられるという点で、両作ともに象徴的に「男性性」の削ぎ落とし、丸めこみをおこなっているといえるか。

あれっ、と颯太は思った。前に「しくみ」について考えた気がする。なんだったっけ。えっと、そうだ、競争だ。「サル山のサル」と先生はいうけど、なんでも結局、競争するしくみになっているじゃないか、と思ったんだ。
「なんでも結局、競争するしくみ」と「男は仕事だけたくさんやって、女が家のことをやるしくみ」って関係があるのかな。(p.124)

うおおおお 『家父長制と資本制』! 上野千鶴子! マルクス主義フェミニズム!!
単にジェンダーバイアス・家父長制の話に終わらずに資本主義との関係まで扱うとは思っていなかったのでテンション上がった。まぁでも「男らしさ」の呪縛からの解放という観点では絶対に必要なことだよな。

「あと、男のひとが仕事だけをたくさんやって、女のひとが家のことや子どものことをやるしくみと、なんでも競争になっているしくみも、なにか関係があるかもって思ったよ。さっきのがんばる、の話に近いけど、ひとつしか価値がない感じが似てる気がするんだ。これはまだ考え中だけど。」(p.160)


「ひとつしか価値がない感じ」か…… なるほど…… このあたりは自分もまだまだ不勉強なのでちゃんと学びたい。

 

「針って結局、短い棒じゃん? それに穴があいてて、糸を通して使うでしょ。単純な道具なのにおもしろくない?」(p.134)

ここ生殖の暗喩? 資本主義と男性中心主義の関係だけでなく、今度は男性中心主義と異性愛中心主義の関係についても取り上げてほしいですね〜(上野千鶴子の次は竹村和子だ!)
でも結局わたしは異性愛規範を内面化しているので颯太と原さんの同い年・別学の優等生同士の関係を応援したくなってしまいます。

 

「わたし、ひとつ気がつくと、ぱっと視界がひらけた感じがするの。その瞬間、正しいことがぜんぶわかった気がする。でもあとで考えると、ちがうんだよね。ひとつ気がついても、それでぜんぶわかったわけじゃないの。
 ほら、なにかがきっかけになって急にわかることを『目からうろこが落ちる』っていうでしょ。でも、わたしのうろこは一枚じゃなくて、何枚も何枚も貼りついてる。だから、うろこが一枚落ちても、まだたくさんあるから、これからもいろいろあると思うの。」(pp.139-140)

ここがいちばん良かった。そうだよなぁ。
これはこの本のような啓発・教育コンテンツそのものへの批評でもある。つまり、「今のあなたは間違っている。これが正しいことなんだ。だからこの"正しい答え"を学びなさい」というような、1つの正解・正義を押し付けて、それを了解すれば "終わる" ものではなく、まさに、たくさんのうろこを一枚一枚剥がしていくように──本のページを一枚一枚繰っていくように──漸次的で自己内省的に「考えたことなかった」ことを考えて、その都度学んでいく、まさに家事のような日常的な営みこそが真に伝えるべきことである。……いい啓蒙フィクションだなぁ〜〜


野球部の優秀な後輩:岩田くんとのエピソードも良くて泣きそうになった。
「いつもすごくがんばっているひと」という表現の二面性・皮肉性をさらにもう一回ひっくり返してポジティブに肯定する流れが鮮やかだった。岩田くん出来た後輩すぎてちょっと引くけど……

「いやいや、おれも投げられるようにがんばるから。」
 そういいながら、どんなにがんばっても岩田に勝てないかもしれない、と頭のすみで思った。
 だけど、競争することがいちばん大事なことじゃないかもしれない。競争はおもしろいときもあるけど、でも競争に勝つことだけが唯一の価値じゃない。
 それより、前の自分は気がつかなかったことに気がつくことのほうが大事かもしれない。
 となると、がんばるのは、勝つためじゃなくて、気がつかなかったことに気がつくためだ。
 ちょっとだけ、わかった気がする。
「よし、いくぞ。」
 颯太は岩田を置いて、全速力で走り出した。(pp.147-148)

「がんばるのは、勝つためじゃなくて、気がつかなかったことに気がつくため」 いい言葉や……
そうして最後に岩田くんを追い抜いていくのが、「競争」のためではなく「気がつかなかったことに気がつく」ための姿として肯定されるのが感動的。


・まとめ

じぶんの好みでいえば、タイムトラベル的な建て付け(未来の自分や家族の姿を知った特権的な状態で、「こうならないために頑張れ」と現在の人物に一方的に教え諭す構図)には忌避感を覚えるところもあるが、とはいえ、よく出来たジェンダー教育児童小説だと思う。

親や祖父母などの「大人」が主人公である「子ども」に教え諭す構図は児童文学では基本的に成立しにくい(そんなお話子どもは読まない)ので、そうしたジャンル的な必然性と、本作の扱う父権制というテーマからの要請(権力者が立場の弱いものを抑圧してはいけない)が偶然にもうまいこと重なっているので、そうした土台のうえで「啓発」ものをやるためには、本作のように「自分が自分に教え諭す」=「自分で気づく」という個人に閉じたコミュニケーションの構図をとる必要があった、というのはわかるので文句を言うほどではないが……。

女の子を主人公にした前作『いいたいことがあります!』は実際に読書好きの小学生女子に人気らしい(母親談)けど、それは「なんで女のじぶんだけ家事の手伝いをさせられなきゃいけないの……」という積極的に共感しやすい事柄について扱ってくれているから、という面も少なからずあると思う。それに対して本巻は、男子・男性にとってある意味では「目を逸らしたい」事柄について扱っているので、前作のように今度は読書好きの男子小学生が進んで楽しく読めるのか……?という思いは正直ある。べつに男子だけじゃなく、こっちも女子が進んで読んでいくことも大切だとは思うけど。
そこは司書および学校図書館教育の腕の見せ所か。がんばれ!!!

 

 

 

 

 

 

本作とは関係ないが、いま女子小学生のあいだで大人気のシリーズらしい。

つべにボイスドラマも投稿されてるし、これはアニメ化内定してるな……?