『空飛ぶ馬』北村薫(1989)
2024/1/30〜12/28
計9日間
2024/1/30(火)
小市民シリーズやパスワードシリーズの流れで、「日常の謎」系ミステリの日本における源流のひとつであるらしい北村薫を読み始めた。
・織部の霊
文章がいい。情景描写などにもかなり気合が入っており、うまい。きょうびあまり使われないであろう80年代の日本語の言い回し?。気品があり、知的で、かつそれほど気取っている風でもない絶妙な雰囲気が心地良い。
村夫子然とした顔 p.24
推理の題材は「事件」ですらなくて「不思議なこと」だ。しかも何十年も前の話だし。
解決まで読んでもほーんそうですか……としか。驚きや納得感はまったくない。
執筆年代&作中年代がやや昔というのと、さらにそのなかで昔の話(しかも骨董品に関する話題)をしているので、単純に知識がなく、「実は出品目録に写真が載っていた!!」と明かされてもそうなんだ~密室に知らないヒミツの抜け道があった~としか思えない。
ただ、教授の長い昔語りそれ自体はおはなしとして引き込まれた。文章が良いし、寝たきりの叔父さんが妻の葬式のときに妻の着物を自分の布団に入れてくれと甥っ子(現教授)に頼むシーンではちょっとウルっときた(そこからのオチも!)。
今のところはまだ名探偵役の円柴(えんし)のキャラ像も掴めていない。「四十をわずか前にしている」p.32 妻子持ちとのこと。そんな人気実力派落語家の彼を「追っかけ」ている(今なら「推し」ていると言うだろう)二十歳直前の「私」。
追っかけている著名人とバディを組んで探偵モノをやれるなんてすごい設定だな。夢小説? 落語家というところがまたシブいけど刊行当時はそうでもなかったのか。
・砂糖合戦
2/23(金) p.91〜104
2/26(月) p.104〜140
『マクベス』の3人の魔女をモチーフとして、喫茶店での女学生たちの謎めいた行動の真相を明らかにする。
主人公が『ブヴァールとペキュシュ』読んでる
謎解き要素は、ウミガメのスープとして味わいたかった……と思ってしまうようなものだった。
フー/ホワイダニットとしては、単純に性格のかなり悪い若い女性が犯人だった、というもので、後味が良くない!
2/27(火) p.141〜191
・胡桃の中の鳥
暫定でいちばん面白い話かも。宮城・蔵王への夏の旅
主人公の(大学の)友達の正子ちゃん(しょうちゃん)の歯に衣着せないキャラがかなり良い。現地出身の江美ちゃんも加わって女子大生3人での旅。宿での憩い/晩酌の時間の雰囲気なんかがたまらない。
主人公の「私」は相変わらずめちゃくちゃ文学作品読んどる。横光利一、宮本輝、アナトール・フランス、『梁塵秘抄』、『去来抄』…… ものすごい読書家でインテリだ。こういう人物が「読書家キャラ」として戯画化/客体化されずにしれっと語り手の座に居座っているのがよいなぁ。
それでいて、晩酌時に「女」の嫌らしさについて軽く議論となったときの描写を見るに、「女らしくなさ」にコンプレックスを抱いているようにも思える。正ちゃんは「女らしさ」を軽蔑して「女らしくなさ」に誇りを持っているタイプで、江美ちゃんは「女らしさ」をわりと受け入れているほう。このあたりは注目せざるを得ないが、ちょっと何も言うことができない。コメントしづらい。
今のところ単なる旅行記であって、(円紫さんの)謎解き要素が出てきていないのがまた好印象の一因だろう。
70ページ弱の短編ですでに50ページ終わったのに、まだ「謎」が登場していない。
2/28(水) p.191〜215
「胡桃の中の鳥」読んだ。……なにこれ、めっちゃ重い、可哀想な話なんだけど!! 友達との楽しい3人旅はどうした!?
正ちゃんの「子供嫌い」発言もこうして回収されるの残念すぎる。なーにが「聖母子像のように見えた」だよ。
章題や最初のほうの話題そのまんまなんだが。
てかゆきちゃんの母親ばかりが描写されて父親はいっさい出てこないのもムカつく。徹底的に「女」の話にしようとしている。
・赤頭巾
12/21(土) 〜p.244
相変わらず文章がとても上手い。ミステリじゃなければもっと好きだったのに……
12/26(木)
おわり! いろいろあってどうなるのかと思ったら、けっきょく不倫オチやないかーい!!
平凡ないい人そうに見える人に宿るねちっこい嫌らしさ、性格の悪さ、恐ろしさ。そ、そっかぁ……
ミステリとしての納得感はない。
グリム童話の赤ずきんを絵本作家がリライトしたものを解釈するなかで、森長さんの人間性が掘り下げられていくくだりは結構良かった。
不倫の逢瀬のサイン代わりに幼い我が子を夜中に雨の中、ひとりで公園につっ立たせる親がいるか??? 前編もそうだけど、大人の都合で子どもが酷い目に逢う話が続くので胸糞悪いっすね。。
だからこそ、最後のひき逃げ未遂シーンに繋がるわけだけど。子どもの前であのまま逃げるわけにはいかない親心と気まずさ。
12/27(木)、28(金)
・空飛ぶ馬
前編「赤頭巾」と似たような謎を、今度は対照的にほっこりハートフルな真相として解き明かす、クリスマス・ストーリー。
まとめ
北村薫『空飛ぶ馬』終わり。
「日常の謎」ミステリとして知っているのが米澤穂信の古典部や小尻民シリーズくらいしか無いため(古典部はアニメしか見たことないし)、日本におけるそれらの始祖であるらしい本作を読んでみたのだが、米澤の「青春ミステリ」感とはまったく違う趣だったことがまずいちばんの驚き。
「日常の謎」と「青春ミステリ」がほぼ同義だと思っていたわたしにとって、本書の、大学生の若い女性を主人公とした「日常の謎」ミステリは、そういうものもあるのか、というかんじ。
89年刊行ということで、2000年代以降に確立したライトノベル的な学園青春モノ感もまったく無く、氷室冴子の少女小説などに近い読み味で新鮮だった。
文章が端正でうまかったのが好印象。
しかしミステリとしては特段に惹きつけられた謎も、納得感に打ち震わされた真相の解決も一つもなく、そうですか……と流してしまった。
また、名探偵役である人気噺家・円紫という男の造形もあまり好みではなかった。一般に名探偵キャラが嫌いであるうえに、さらに落語の天才である属性も乗っかって、鼻持ちならなかった。主人公の「私」ととくだんヘテロロマンス的な関係を匂わせることもないところが、昨今のラノベ風青春ミステリとはやはり一線を画していると思う。
かといって、「私」も瘦せ型ではあるものの美人であるらしいことは都度描写され、自身でもそれを内心感じてはいるようではあるところが、少女漫画風というか、俺TUEEE系ならぬ私SUGEE系に片足突っ込んでいるのでは疑惑もある。
2次元美少女萌えコンテンツとはまったく異なる若い女性性の位置づけと表現はなかなか好ましかった。むろん、かといって昨今のシスターフッド・フェミニズム的な姿勢ではなく、あくまで80年代の価値観で素朴に知的で自立した女性として生きることの肯定を描くことに留まっている。
解説で北村薫の名言として紹介されてたの、ペソアかと思った。調べたら微妙に違った。
