「ガイジン」「こんなところで死にたくない」ラッタウット・ラープチャルーンサップ

タイの作家ラープチャルーンサップの短編集『観光』から、気分で2編選んで読んだ。


○ガイジン
典型的なボーイミーツガールの骨格に、タイの観光小島の風景や混血児の葛藤が織り込まれている良作。
シンプルに良い。この短編集ってもしかしたら初めて読む海外文学にピッタリかもしれない。
読みやすく、ストーリーもシンプルながら力強い筆致で感動でき、異国の描写がふんだんに盛り込まれている。

 

「おまえがいくらこの国の歴史や寺院や仏塔、伝統舞踊、水上マーケット、絹織物組合、シーフード・カレー、デザートのタピオカを見せたり食べさせたりしてもね、あの人たちが本当にやりたいのは、野蛮人の群れのようにばかでかい灰色の動物に乗ること、女の子の上で喘ぐこと、そしてその合間に海辺で死んだように寝そべって皮膚ガンになることなんだよ」 p.9

 

今朝早く、クリント・イーストウッドがその女の子の股ぐらに鼻を押しつけてにおいを嗅いだのだけれど、彼女はほかの女の子のように叫び声をあげもしなければ、飛び上がりもしなかったし、豚をひっぱたきもしなかった。そのときぼくはこれが愛だとわかったのだ。 p.10

 

そして、ぼくらをアメリカに呼び寄せると彼が約束して帰っていくまでの数年間、軍曹とぼくは架空の任務をいっしょに遂行し、海辺でだらしなく寝そべるガイジンの群れの中を突っ切っていった。 p.13




○こんなところで死にたくない
アメリカから、タイで妻を見つけて家庭を営む息子のもとに連行され同居することになった要介護老人のミスター・ペリーが、「こんなところで死にたくない」という思いを日々募らせてゆく話。
主人公はプライドが高く息子の妻などに対して不遜な態度をとる"やな奴"。あと彼の古い血統主義的な価値観も好きではない。
好きではないんだけど、それでも彼の置かれたどうにもならない状況の哀しさに感情移入でき、最後に寺院内(!)の移動遊園地で乗ったバンパー・カートのくだりは目頭が熱くなった。
優れた小説は、読者に主人公を嫌わせたまま、それでも感情移入させて何らかの地点まで持っていくことができるのだなぁと思った。


動きのあるシーンで締めるのは、チンピラに追われる自分の豚を助けるためにヤシの木の上から実を投げつけまくって終わる「ガイジン」と似ている。どちらも、このラストで何らかの感慨を読者に抱かせるために、そこまで周到に人物や状況設定を積み上げているタイプの短編ではないか。
こうした「巧く作られた」小説ってあんまり好みじゃないんだけど、この作者の短編は気に入ってしまうのはなぜだろう。
まず長編でなくて短編だから、まとまった構造を持っているのは当たり前って面はあるか。
短編であるから許せることに加えて、この作家の作品は小細工なしで直球に物語をぶつけてくる点に魅力がある作風なので、好感が持てるのかもしれない。(これはトートロジカルでぜんぜん理由の分析になっていないかもしれない)

 

ただこの作品が「ガイジン」と微妙にかつ決定的に異なるのは、ダイナミックなシーンで終わるのではなく、その熱狂が冷めた後の描写まで入れている点だ。この熱狂が終わった後の寂しさや切なさ、それでもまだかすかにくすぶる興奮がよく表現されていて良かった。コルタサル「南部高速道路」の終わりに近いかも。「南部高速道路」は車が走り出して終わるのに対して、こっちは車から降りて終わるから真逆であるとも言える。

 

観光 (ハヤカワepi文庫)
ラッタウット ラープチャルーンサップ
2010-08-30