「愛」「別れ」ウラジーミル・ソローキン

 

初ソローキン

 

○愛
1年くらい前、沖縄時代に書庫で冒頭のこれだけ読んで「脳みそをハンマーで殴られたような」(クリシェ!)衝撃を受けたのを覚えている。急転直下のオチ、「何かの機械に突然人間がすり潰されて肉塊になる」くらいしか覚えてなくて、今回わりと新鮮に再読できた。
気になるのはやはり冒頭と締めで仄めかされる、語り手の老人?と、語られている若い「君たち」について。どういう状況?
あと、「…………」が1ページ以上続くところは老人が本当に黙っているのか、それとも本当はしゃべってるけど検閲的な感じで非表示にされてるのか、別の何かなのか、気になる。ここはあえて問わないのが本作の楽しみ方って感じもするけど。



○別れ
"晴れ渡った夏の朝だった。
そう、そう。晴れ渡った夏の朝。
それはかつてあり、現にあり、そしてこれからもある。
どこにも逃げていきやしない。" p.18

 

「愛」で「お行儀のよい文学的描写は急転直下への前フリ」であることをよく意識させられた状態で、これ以降の短編を読むことになる。それを意図したうえで「愛」を最初に持ってきてるんだと考えると、なかなか練られた構成の短編集だなぁ……
というようなことを、「別れ」を読みながら思った。
つまり、なんだかやたらにお行儀がよく風光明媚でエモい(夏の日の朝!子供時代!初恋の女の子との初キッスの思い出!)描写が始まったので、一文一文読み進めているときの僕の胸中は「ファーーーーーーwwwwこれぜってえ前フリだろwwwwいつ来る?いつオチる?どうだ!?まだか!?」というようなものだった。
しかし、こうした「お行儀のよい文章⇔行儀の悪い文章」という二元論はいささか安易で解像度が低すぎる。(2bitだ)
「いつオチるか」だけでなく、読書中の自分により強く差し迫ったのは「どのようにオチるか」である。
「急転直下」と一言でいっても、オチかたには無数のバリエーションがあるのだ。前作では(「……」という沈黙をはさんで)物語世界が突如グロテスクかつバイオレンスになるという急転直下の仕方だったが、グロテスクやバイオレンス以外にも、お行儀の悪ぶり方はいろいろあるはずだ。したがって、どんな方向に小説がぶっ飛ぶのかを予想しながら読み進めることになった。
こういう心持ちで読んでいると、あらゆる描写やささいな展開が「急転直下のきっかけ」なんじゃないかとビビりまくることになる。(きっかけが不条理で予測不可能だから急転直下なのにね。)
崖下の川で大きな魚が数回跳ねた!それ見ろ!みるみるうちに巨大な怪魚と化してこちらに向かってくるぞ!

 

で、もちろんこうした僕の心境はすべてソローキンの手のひらの上で、まったく予想もつかない形で裏切られることになった。

 

・・・そうきたか!!!!!!うわ~~~~~~~なるほど~~~~~~
たしかに「エモさ」の反対は「下品さ」かもしれない※。それを思うと予想ができた気もするが、後の祭りだ。
知ってしまえば、要するに「描写されていない点(語り手の服装)は読者が無意識に埋める」という摂理を逆手に取ったギミックで、単純だし、くだらない。くだらないんだけど、この短編集の2番目の作品として読者が読むかぎり、上述のような心境になることが計算されており、そうした状況までふくめて本作の読書体験だとすれば、これは見事だとしか言うほかない。
この短編集の楽しみ方がわかってきたぞ。「どうオチるかビクビク予想しながら読む。そして盛大に裏切られる」だ。
この「楽しみ方予想」も裏切られることになるのかな。楽しみだ。

 

※「エモの反対は下品」というのはあまり適切ではないかもしれない。下品さってのも難しくて、「官能的」から容易に「耽美さ」につながりかねない。すると俄然、エモと相性がよくなってしまう。
あと、そもそも本作のオチを「下品」と評するのもまた不適当かも。「青筋を立てて震えている」「菫色の太い静脈を蛇行させて」とか、むしろ猛々しさとか頑強さ、父権的な神話性すら感じる。(それでいて、やはり滑稽さも感じられるからすごい。)

 

<他に好きなところ>

 

滑らかな若い白樺の幹に体を押しつけて彼は彼女にキスをした。その幹は夜になってもぬくもりがあった。 pp.16-17

 

ここすき。「その幹は夜になってもぬくもりがあった」という温度感覚が時間を飛び越える、やや過剰な(それでいて過剰"過ぎない")表現で当時の瑞々しい感覚を描写するの、シンプルに上手い。どこかでパクりたい。ピンチョンやアレナスのような、「その気になればいつだってエモい文くらいかけますよ」という印象の《エモ芸》が得意な作家が僕は好きなんだけど、この並びにソローキンも入りそうな予感がする。



「別れ」、エモ描写の上手さといい、それの「台無しにさせ方」といい、めちゃくちゃ好み。最高


次はどんな話かな~~。「読み進めるのが楽しい短編集」ってなかなかないぞ。いいな。
 

 

愛 (文学の冒険シリーズ)

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