『襲撃』レイナルド・アレナス

 

面白かった!

 

<本文以外>
まず表紙の帯から面白い。
 
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「おそらくは20世紀に書かれた最も壮絶な本だ。」→ま〜た大げさな推薦文だなぁ
「──レイナルド・アレナス」→って著者本人の自画自賛かーいwwww
帯文でここまで笑わせてくれるアレナスほんとちゅき♡

 

でも実際読み終えて、たしかにこれは「20世紀に書かれた最も壮絶な本」と言っても良い気がする。
いや待てよ……他のアレナスの長篇もどっこいどっこいだな。アレナスを越えられるのはアレナスだけ!

 

そして本文内容とは全く関係のない章タイトルもほんとすき。読者に知らん顔でふざけ倒してるところ。
(似たようなおふざけでも、こちらに目配せしてると感じちゃうと萎える)
全52章から成るが、最後の章が満を持して「襲撃」で、最後だけは内容とリンクすんのか〜と思ったが、
よくよく読んでみれば「襲撃」だってあんまり本文とは関係なかった。
つまりは章題だけでなく、タイトルからして本文とは関係ない、ということが最後まで読むとわかる仕掛けになっているのか。
『北京の秋』形式ってやつね。

 

<本文>
ディストピアものってことだけ事前に知っていたが、まぁたしかにこれはすごいわ。
壮絶っていうか、ディストピア度のメーターで遊びすぎて1周回ってギャグかコメディみたいになってて笑えてくる。
オーウェルもハクスリーもザミャーチンも未読だが、本書を越えることは難しいんじゃないか。

 

ディストピア要素のアイディアがいちいち面白い。
数十人で肩を組んで通勤バスになるとか、夜ならぬ「良留」で昼間以上に過酷な労働をするとか、個人の寝るスペースが狭すぎて横になるどころか縦になって寝て、さらに家族がその上に積み重なるとか、いやどんな状況だよ!wって明らかにツッコミ待ちしている制度が多すぎる。
「穴を掘っては埋めるのをひたすら繰り返す」的な無意味な労働はディストピアものにありがちでアレナスらしくないな〜と思っていたら、それは休養時間ならぬ「救耀」時間にやるボーナス労働で、メインの労働は別にあった。さすが俺達のアレナス
人工灌漑もひどかった。いやたかが数百人で唾を吐くだけで灌漑にならんやろw

 

これはアレナスの作品一般に言えることだけど、どんなにぶっ飛んでいても、読みやすいところが素晴らしい。
本書は平均2~3ページの短い断章に分かれているからサクサク読めるし、ストーリーの筋自体もきわめてシンプル。
主人公の男が母を殺すために探す。以上。

 

荒廃した世界で男がひとりの女性をひたすらに追って旅する話というと、カヴァン『氷』っぽいな。
あとそもそも世界観が『クチュクチュバーン』っぽい。人間が人間の姿を留めているのかよくわからない感じが。
(こうして連想する作品はどれも個人的にはあんまり面白くなかったけど、本作は楽しめたのはなぜなんだろうな。アレナス補正ってだけじゃないと信じたいが)

 

母を探す過程でいろんな施設を巡り、ディストピア要素を紹介していく流れになっている。
ただ、中盤はひたすらに主人公が「囁き取締員」の特権を乱用して残虐なふるまいをしていくばかりでちょっと飽きた。
「俺こんな酷いことをしました〜w」って、「オレ昨日○時間しか寝てませ〜ん」アピールみたいで立て続けにされるとウザい。

 

そんな中盤の見どころは、母を探す途中で出会う謎の女とのシーン。
最初に出会ってからしばらくして再会して言い寄られるくだりが本書の私的白眉だった。

 

あたしはあなたを見たの、と女は俺に言う、あなたが収容所を監督していた時にね。それで? と俺は言う。あなたもあたしを見たの、と女は言う。何が言いたいんです? と俺は言う。つまり、あたしたちは見つめ合ったのよ、と女は言う。それがどうしたんです? と俺は言う。この強同体では二人の人が見つめ合うなんて滅多にないわ、と女は言う。そうですか? と俺は言う。あなたは敢えてあたしを見つめたのよ……、と女は言う。まあ、と俺は言う。人がぶつかっても見つめ合ったりはしないわ、と女が言う。でもあたしたちは目と目で見つめ合ったの、と女が言う、見つめると同時に見つめ合いながら見つめ合ったのよ……。女はそんな風に話し続ける、俺が見るとしたらその女が見てる俺を見たなら女を見たから俺が女を見ているその時女は俺を見てとか何とか。だからあんたがあたしを見た時あたしはあんたを見たのよ……。 pp.88-89

 

こういう文章に出会うために文学を読んでいる、という気にさせられる。最高



シンプルなストーリーは終盤まで徹底されていて、いよいよ母とご対面、となる。
このあたりは意外なほどストレートだったな。
大愛国大会で大愛国広場に群衆が整然と集まっている感じは『恋する原発』の集団乱交AVのくだりを思い出した。

 

そして母と対峙してからの疾走感は、中盤の惰性をすべて吹き飛ばすくらいアレナスらしい素晴らしい内容だった。
結局のところ、重度のマザコン野郎による復讐親子姦モノだった。
ラスト1ページは『百年の孤独』を思い出した。
最後の最後で、それまでリフレインされてきた、本作の世界観を象徴する「囁き」という単語の意味がブワッとひっくり返る爽快感がたまらない。ほんと素晴らしい締めだった。