『悪い娘の悪戯』(2)マリオ・バルガス=リョサ

 

7/16
2章おわり。ちょうどp.100まで。
ほんと「悪い娘(ニーニャ・マラ)」だなぁ彼女は。次の章では物語をまた別の国に移してどう展開し、ニーニャ・マラはどんな形で主人公の前に姿を現してくれるのか楽しみで仕方ない。
エンタメ性抜群とは言っても結構政治・革命の話に占める割合も大きい。主人公はそれらに興味がなく距離を置いているけれど革命家の友人たちのことはずっと気にかけていて、彼らが亡くなったというニュースには一晩不発に終わる程度には落ち込むし、次の日には復活する程度には彼女の優先順位のほうが高い、このくらいの塩梅がこちらとしても丁度いい。
政治に興味なくても彼らを冷視しているわけではなく、ちゃんと血の通った人間たちの儚い生として、彼らの家族も含めてページを割いている。政治小説ほど入れ込まず、かと言って軽薄なエンタメ小説とは一線を画している。
「続きが気になる」という感情が小説を読むことの根源的な愉しみであったことを思い出させてくれる。



第3章 スウィンギング・ロンドン、馬の肖像画
大筋を引っ張るのはニーニャ・マラとの逢瀬・失踪のサイクルだが、彼女が鳴りを潜めている最中はつまらないかというとそんなことはなく、むしろ彼女がいないパートのほうが読ませるまである。
それは、基本的には章ごとの国での親友であり理解者となる存在が現れ、彼の身の上話や彼との交流にページが割かれるからだ。前章ではビヤ樽パウル、そして本章ではペルー人のヒッピーであり馬の肖像画家フアン・バレートだ。
このフアンの来歴がとにかく面白く、未亡人お婆さんと親交を深めるくだりとかすごくほっこりしながらページを繰る手がマジで止まらなかった。
そして──2章続けてのことだが──この友人枠はだいたいその章で退場=死ぬ。主人公にとってめちゃくちゃ都合の良い友人は物語にとってめちゃくちゃ都合よく死ぬ。
これは章をまたいで何度も現れては消えるニーニャ・マラとは対照的かつ示唆的だ。
男女の違いを軸に捉えるのか、友愛と恋愛を対比させるのか、日常的な幸福と非日常的な興奮を対比させるのか…
(まぁ本章ではロンドンのホテルでたしか2年近くも逢瀬を重ねたらしいからもはや日常なんじゃ…とも思うけど)

 

あとたしか前章でニーニャ・マラに「私は野望のあるひとと一緒にいたい。パリで平穏に暮らすのが最終目標で野心の欠片もないあんたとなんかくっつくわけがない」的なことを言われて「たしかに僕はそうだよなあ」とか自省していたが、もちろんこれは大間違いで人生を賭けていつまで経っても1人の女を追いかけ続けている男のどこが「野心の欠片もない」だよ(いや実際に言ってたかは自信ない)むしろお前(ニーニャ・マラ)よりもぶっとんだ狂人じゃねえか!と思っていたが、本章の逢瀬では2人ともそのレベルの理解には達していた。

 

「かっ、勘違いしないでよね!」が典型的なツンデレだと指摘して痛い目に遭う男の図。しかしこういう人こそ真のツンデレなのでは?とも思う。



第4章 シャトー・メグルのタルジュマン
p.174まで
今度はこの天才通訳サロモン・トレダーノが「友人枠」か!
無邪気で子供っぽいというのが彼の思想からありありと分かる。「通訳の仕事は無意味で価値がないが、他の職業は人間に害を与えることを考えればマシだ」 そもそも論を連発して相手を閉口させるこの感じ、身に覚えがありすぎる。

 

p.204まで
日本に渡った!
今度の彼女の男フクダはこれまでの夫たちとはわけが違う。「これは愛じゃないわ」と言っても、要は執着心や従属心などの、ある意味で愛よりも深く重い関係性だろう。
「僕」が指摘するように、これまで彼女は付き合っている男性に外出許可を乞うたり、恐れを抱くことはなかった。それはこちらとしても、ニーニャ・マラ=ドSの悪魔的存在という図式がしっかり出来上がっているものだから、そんな彼女が精神的に誰かの所有物になるだなんて、ショックを受ける。にしてもラブホで「僕」が泣いちゃったのには同情を超えて憐憫か、もしくは幼い子をあやしてあげるときの気持ちになったけどね。
「僕」はなんだかんだでもう45歳、彼女も40オーバーか……
「僕」は喋り方の癖以外では、ほぼ彼女の外見的な美しさにしか執着していないようなので、結婚したいとは言ってるけど、年老いて美貌を失っても愛し続けてあげられるのだろうか。
あと避妊してるんだろうか。『肉体の悪魔』のように、子供が出来たら2人の関係性も一気に変わりそうだけど、この物語においてはそういった面はおくびにも出さないな。純粋に放埒な情愛だからこそ、それに人生を捧げたときにどのような切なさや感慨が湧き上がってくるのかという壮大な実験をしているようにも思える。



あと単純に海外作家が(しかもリョサのような巨匠が!)日本を舞台に小説を書いてくれることが嬉しいから他にも読みたい。
ペルー・フランス・イギリスと散々海外の文化や風俗の描写に「へぇ〜そうなんだ〜」と心を踊らせていた流れで日本に来られると、お偉方が突然我が家に訪問してきたときのような焦りとドキドキ感を味わえる。味わっている。へへっ、どうぞどうぞお上がりください……居心地悪くないですか?大丈夫ですか?……ここを舞台にいい物語が書けそうですか?気に入ってもらえると嬉しいです…へへっ……

にしても日本のなかでも寺社仏閣とかじゃなくてラブホやギャングに目を付けるの興味深いな〜。