『スロー・ラーナー』トマス・ピンチョン



○イントロダクション
ピンチョン本人の語りは初めて読んだけどやっぱり小説と同じノリで面白い。自虐がバンバン決まるし結局エモに傾いちゃうし。そんなところが好きよ

 

小説は作者の人生経験の結晶であり、それを無視していた若かりし頃の自分は馬鹿だった的なことが書いてある。これに照らせば、作品の読みに作者など考慮すべきではないという価値観を持つ僕は馬鹿だということになる。
しかし書くのと読むのとは違うか。

 

「もっとも優れた読者は、いつも作品を匿名のものとして読む」って誰かが言ってたよな。ヘッセ?あっ、誰が言ったのか気にしてはいけないのか。




○スモール・レイン
ルイジアナの駐屯兵(高学歴)が久しぶりに大学の空気を吸ったりイケてる女の子に出会ったり悲惨な竜巻災害現場を目の当たりにしたりして、内なる転換を図る話。結構地味だし小品って感じで作品としてはまあそこそこかな。
これが最初の習作か。イントロで本人が散々こき下ろしたのを聞かされてから読んだから変にバイアスがかかっちゃってるけど、それがなければ普通に上手い文章だと思う。たしかに長編の技巧にはまだ届かないのかもしれないけど、常人からしたら十分に凄いよ。



○ロウ・ランド
突然の離婚、からのONEPIECEに出てくるような巨大なゴミ捨て場でのジプシー女との邂逅。
我らがピッグ・ポーディーンはここが初登場だったのか。
崖っぷちの傾いた家、波が岩に当たる音が夜な夜な聞こえるという舞台設定がいい。
やっぱり海や海軍生活へのノスタルジアはあるのね。
文章はマジでめちゃくちゃ上手い。地の文の饒舌な語りのドライブ感が凄い。
常套句「ホワッ(Wha)」もキマってる。
「ロウ・ランド」の海原を平原と見るイメージも良かった。
バカバカしいエピソードも最高。ただオチは若書き感が拭えない。




10人ほどの若者が共存する場を音楽的に描くのはコルタサル「クローン」(『愛しのグレンダ』収録)を思い出した。
エントロピー云々のところは流石にちと説明的すぎる。まあピンチョンは長編でもこういう説明パートがあるが、割合的に短編のほうがどうしても目立ってしまう。
ただし、ポップで読みやすい部分との対比が明確で、全体的なグルーブやスイング感がかなり練られていると感じた。
途中のソールとミートボールの会話には、いつもの人間機械論が現れていて良かった。
無音演奏カルテットも意味わからんけど最高。
最後はこれも若書き感。唐突でインパクトのある感じが。だがタイトルからして予見はされたか。



○アンダー・ザ・ローズ
エジプト(?)でのスパイ小説。『V.』の第3章の元ネタらしいけど、3章って7つの顔を使い分けるスパイのやつだっけか。
"敵組織の老練なライバルとの一騎打ち"のようなわかりやすい構図はもはや存在し得ず、何か確率的な見えない大きな力によって我々は動いているだけだ……という価値観とそのことへの諦観、足掻きみたいなものは非常にピンチョンっぽい(ピンチョンです)
ヴィクトリアの妹ミルドレッドがもう少し本筋に絡んできてほしかったな。
ストーリー的には最後にいい感じのオチが付くところまで含めてそんなに面白くない。



○シークレット・インテグレーション
これは……本書に収められたどの短編にも増して、落ちがかっちりと決まっている(それどころか、伏線回収のミステリー的要素まである)にも関わらず、とても感動してしまった。
これはひとえに私が「子供」を扱った作品、とりわけ彼らのイノセンスとその喪失を描いた類のものに弱いからであろう。性癖といって差し支えない。

 

天才少年モノかと思いきや、グローヴァは案外リアルな「その年齢にしては頭が良いが、非現実的なほどではない」程度を保っているし、語り手(3人称だが)は彼の傍らにいるティムであり、最終的には黒人少年カールが焦点になるしで、普通に楽しい少年小説になっていた。

 

アル中黒人マカフィーさんとの挿話もいいし、彼の語る物語もいい。グローヴァの部屋や秘密のお屋敷の描写もいい。

 

にしても最後2ページはびっくりした。ピンチョンがこんなわかりやすい落とし所を持ってくるか!?と驚いたが、しかし嫌いにはなれずむしろ泣きそうになった。

 

読書メーターの感想で「少年たちがこのカールという友人と対等に付き合えるのは、あくまで彼がイマジナリーな存在である限りだということに、僕は当時の著者のギリギリの誠実さを見る」とあって、なるほどな〜と思った。
現実的には「狡く汚い大人vs純粋な子供」なんて安易な二項対立は存在せず、子供だって人種差別のような現実的な問題から無関係ではいられない。
この一線を守るためのイマジナリーフレンド……僕の様々な価値観に非常に都合の良い解釈だ……



スロー・ラーナー (トマス・ピンチョン全小説)
トマス ピンチョン
新潮社
2010-12-01