「パン屋再襲撃」村上春樹


短篇選集『象の消滅』(黄色い本)収録の短篇「パン屋再襲撃」を読んだ。

 「パン屋襲撃」を読む前に読んでいいのかと思いながら読むうちに、実は「パン屋襲撃」なんて作品は存在しなかったのではないか、「パン屋再襲撃」という題名から1回目の襲撃も前に書かれているのだと勝手に勘違いしていたのではないか、と思い始め、いま読み終わって検索したらやっぱり「パン屋襲撃」という作品は存在するようである。

春樹を読むとあいかわらず文章がそれっぽく影響される。やはり凄い文体なんだろう。

 

かなり良かった。「象の消滅」では基本的に変な出来事はひとつだけだけれど、この話はいくつも変なことが度重なって起こる。その度重なり具合、前のおかしなことをしばしば塗り替え矛盾し超克する形で次々と流れていくので気持ちがいい。

 

ワーグナーとか散弾銃とか明らかに「そうはならんやろ」案件がたくさん出てくるのに、「深夜に東京で営業しているパン屋がない」ところが最高。いやそりゃそうなんだけど。そこはリアルなんかい!って外し具合、バランス感覚がわかっている。
そして平然とマクドナルドで妥協するところも最高。やったぜ。(なにが?)
あとマックでこんこんと眠り続けている若者二人組の存在がなんか良かった。このような「別にストーリー上は特に必要なさげだけどいてくれると嬉しい。けどその嬉しさの根源はうまく説明できない」パーツっていいよね。観葉植物みたいな。

 

文章には力の入った、回りくどい形容や言い回しが散見されて、なるほど若書きだというのもわかる。(「初期作品」だという情報を知っているからそう思うだけの可能性が高い)
あとやっぱり「〇〇かもしれないし、そうでないかもしれない」構文が多い。「わからない」「それはどうでもいい」などの理解を諦めて受容する系の文言はもっと多い。

 

本作のテーマとかちゃんと考えるんなら、繰り返し言及される「海底火山が見える透明な海の上に浮かんだボート」という心象風景に注目すべきなんだろうけど、まあ今はそこまでしなくてもいいかな。十分楽しめたし。

パン屋襲撃も読みたい。(実は大学の授業で映画を観せられたことがある)


「象の消滅」 短篇選集 1980-1991
村上 春樹
新潮社
2005-03-31