『十二月の十日』ジョージ・ソーンダーズ

 
 
○ビクトリー・ラン
クジラックスの「がいがぁかうんたぁ」小説。未遂で良かったね。
3人の視点が次々に切り替わり、しかもそれぞれのパートで一人称と三人称が混ざっている。
最後は未遂だったとしてもトラウマは残るよってこと?
にしてもこのポップな独白調すごいなぁ。天才だ。特に最初の少女のパートが素晴らしい。
 
○棒きれ
2ページ弱の掌編。めちゃくちゃ上手い。これだけの中に親父の物語・人生がギュッと詰まってる。
ブンゲイファイトクラブで6枚の掌編の秀作を色々読んできたが、これが現代アメリカを代表する短篇作家の本気か……。
 
○子犬
2人の母親の一瞬の邂逅とすれ違い。
主観ではまともな母親かと思いきや、別の人からすると虐待レベルの惨状。
しかしそれもまた1人の主観に過ぎず、愛や正しさを定立するのは難しい。
 
○スパイダーヘッドからの逃走
現世からの逃走。
ボキャブラリン(TM)の効果、もっと豊穣な文章を期待していたので肩透かしを喰らった。
 
○訓告
単なる例え話だと思っていた「棚の掃除」が、何か得体の知れない懲罰行為であることをほのめかすホラー風味の話。アンディが十月以来誰とも口を聞かなくなっているのも怖い。
 
○アル・ルーステン
「地元名士たちのランチタイムオーディション」でピエロとして登場しているはずが、
"ブロンドがルーステンの頭に捕虫網をかぶせ、すでにドンフリーが入っている段ボール製の檻に入れられた。"
ってどういうこと?彼らは結局人間なの?虫なの?(訳者あとがきによれば普通に人間らしい)
にしても本当に妄想癖独白が上手い。一瞬でエピソードをずらして、予想もつかなかった地点へと連れてきて、また本題へ戻る。
この作品は短いので展開が説明的になる前に事切れていて良い。
 
○センプリカ・ガール日記
途中まで、〈未来の読者〉への説明が全くないまま日記の各所で言及されていた「SG」。その実態が明らかになり、それを日記の書き手と彼の暮らす社会が何の倫理的疑問もなく受け入れている点にジワジワと恐怖が湧き上がってくる話。
このような、書き手と読み手の価値観や常識の違いを婉曲的にあぶり出す仕掛けはそれほど突飛な発想ではないと思うが、ここまでクオリティが高いものを見せつけられると「やられた!」と思う。男が基本的にはめっちゃ良い父親であり良い人間であることがいっそう、事の残酷さ・狂気を浮き彫りにする。
なのだが、彼がSGへの同情心を抱き始めて終わったのは、この短編を最後の最後でこじんまりしたものにしちゃったなぁと思う。このエンドだと、あまりにも狙いが露骨過ぎて、教訓的・寓話的にもなってしまう。
そもそも、宝くじが当たってSGを買う→子供の1人が疑問に思ってにがしてあげるという後半の一連の流れからしてやりたい事が前面に溢れすぎてる気もする。
本作でいちばん面白かったのは、SGとは何かが徐々に明らかになっていくところであり、それはあくまでSGを日常の一部として書くからこそ面白みが生まれるのであって、それに焦点を当ててしまったら台無しだと思う。
ソーンダーズは妄想癖のある小市民の独白を軽く描くのがめちゃくちゃ上手いのだけれど、優しさや人道主義が溢れているのか知らないが、テーマがやや先行しすぎるせいでその上手さが小説としては損なわれていることが多くてもったいないと思う。
 
○ホーム
暫定でいちばん好きかも。
戦争のトラウマを引きずっていることを各所で匂わせつつ、基本は彼以外の人々の滑稽さなどに焦点を当てる。
謎の店(訳者あとがきによると携帯ショップらしい)での2人の店員との会話の訳分からなさがとても良い。
「優しさ」が発現したラストも、この折れ方は些細であるからこそいっとう哀しくて良いと思う。
 
○わが騎士道、轟沈せり
おなじみ「やらかし」系短編。突如古風な口調になったのも、アドリブ力向上薬のせい?薬が間違ってた?
232ページのMQとのプチ・エピソードとか最高。
 
○十二月の十日
最初の「ビクトリー・ラン」と対になってこの短編集を縁取る作品。
複数人の語り手で交互に物語を進める点と、突然目の前で起こった事件に勇気を振り絞って飛び込んでいく少年を描く点が共通している。
紛れもないお涙頂戴モノなんだけど、本気でお涙頂戴を真摯にやっているのでちょっと泣けてしまった。
浮ついた綺麗事すぎる台詞の最後で単語の言い間違いを挟むなど、絶妙にズラして読者が冷めないようにする工夫も見られる。
(距離→拒否etc. etc.)
この作品に関しては、ソーンダーズの「優しさ」が仇とならずに上手く小説に落とし込めている気がする。
 
 
<まとめ>
いちばん好きだったのは「棒きれ」と「ホーム」。次点で「十二月の十日」「アル・ルーステン」。やはりSF要素のある話はそれだけで評価が下がる。
基本的に、短ければ短いほど上手さを発揮する気がする。長いと優しさからありがちで予想の範囲内の展開を繰り出してきてせっかくの文才が台無しになっていく。
にしてもプチ・エピソードを入れるのが上手すぎる。一人称の語りでちょっと脇道にそれてバカバカしい数行の回想を挟んで、また戻ってくるという流れを短篇の中で何度もやっていて、それが作品全体にポップさとドライブ感を与えている。
馬鹿げたエピソードの名手と言えばピンチョンだが、あっちは大長編の中でわざと冗長なバカ・エピソードを書いているのでまた性質が違う。
あとどの短篇でも一人称と三人称が違和感なく混在しており、またコロン(:)を使った戯曲っぽい会話文も使い、この辺りがより洗練されて『リンカーンとさまよえる霊魂たち』に繋がっていくのだろうことが分かる。
長編と短編集を一冊ずつ読んでみて、個人的には良いところと悪いところがどっちもある作家だと感じた。悪いところというか(自分が苦手なだけかもしれないが)ありきたりな展開にさせてしまいがちなところはあるので、そうならないように気をつけるか、「十二月の十日」のようにそれでも突き通して有無を言わさず納得させるストロングスタイルでいくかの2択だろうか。
訳者あとがきによれば、今アメリカの小説家志望の若者にいちばん文体が真似されている作家らしいが、それも納得の、超魅力的で天才的な文体を持っているのが良いところ。しょーもなさとアホらしさと哀しさとひんやりした怖さとまぶしすぎるほどの優しさを全てかかえて、軽快に前に進もうとする文章。言語やテクストの形式面での挑戦も厭わない気概もあり、それが「実験的」などと形容される試行錯誤感を全くといっていいほど感じさせない技術も地味に素晴らしい。
 
というわけで、完全にドハマりして今すぐ過去作を通読したい!と思うほどではなかったが、読む価値は間違いなくある、類まれな才能を持つ作家であるとは感じたので、気が向いたらまた別の短編集や中編を読んでみたい。新作も楽しみ。