『ドン・キホーテ 後篇』セルバンテス(1615)

 

 

 

 

およそ3年前に『ドン・キホーテ 前篇』を読みましたが、ようやく『後篇』を読みました!!

 

   

 

読んだ期間:2025/4/19~6/8(20日間)

 

牛島信明 訳の岩波文庫(全3巻)で読んだので、1巻ごとに感想メモを載せます。

 

 

1巻


2025/4/19〜5/6
5日間


4/19(土) 
初っ端の「読者への序文」からおもしろい。ほんと語りが読みやすいな〜 いま読んでる夏目漱石よりもよほど読みやすい(牛島さんありがとう)

1614年に出版された贋作『ドン・キホーテ 続篇』への痛烈な皮肉。贋作をめためたに批判してほしいのだろうけどしません、という読者への宣言。ふざけたノリがとても良い。3年ぶりにセルバンテスの文章に戻ってきた。

訳注の、贋作の作者が20世紀後半に遂にほぼ特定されたというの興味深い。セルバンテスの兵隊仲間アベリャネーダ。昔から付き合いのある近しい人だっただけに、栄光に嫉妬しちゃったのかな…… 彼の自伝と比較して論証されたと。ちゃっかり自伝書いてるのおもろい。

執筆中の『ペルシーレス』にも言及がある。相当な自信作っぽい。『ガラテーア』の後篇も書く予定だったんだなぁ。


第1章
床屋と司祭のコンビなつかし〜
やっぱり騎士道パラノイアは治ってなかったドン・キホーテ。虚構と現実をごっちゃにするのを棚に上げれば、彼の言ってることは懐古厨の老害みたいなもん。

 

2章〜3章、これまでの冒険が出版されて人口に膾炙していると知らされるドン・キホーテ。はやくもメタフィクションの様相を呈している。

この小説内で彼は「有名な遍歴の騎士たちに憧れている狂人」だが、もはや現代では、もっとも有名な「遍歴の騎士」がドン・キホーテである、という倒錯があり、その端緒としてこの後篇がある。

また、作中でドン・キホーテ以外の人々は、彼を虚構と現実を区別できていない狂人だとして嘲笑するが、まさにその彼の奇行/紀行が「物語」としてまとめられて広く読まれることで、図らずもその読者たちだって虚実のあわいをふらついていることになる。こうしたメタ構造があまりにも肩肘張らずにサラッと語られていく読み心地が素晴らしい。

 

「またもや、言葉のとがめ屋さんが現われたのかね?」と、サンチョが言った。 p.65

これいいな 自分も誤用を指摘されたときに言おう

 

「とにかく、誰であれ他人様のことを話したり書いたりする者は、その話し方書き方に気をつけて、頭に浮かんだことを手あたりしだいに述べたてないようにしなけりゃいけねえ。」 p.67

耳が痛い

 

ドン・キホーテ』という物語を書いて出版したシデ・ハメーテ・ベネンヘーリのことを、ドン・キホーテ本人たちは何も知らない(存在しないのだから当然)ので、自分が物語の主役でありながら、その物語のことを知らず、第三者のようにあれこれ意見するのがおもしろい。

前篇が物語を「読む」ことについての物語だったとすれば、後篇は物語を「書く」ことについての物語という側面もあるか。読者の物語から作者の物語へ。

 

p.67 「愚かな物好きの話」って挿話あったっけ。なぜ突然、本筋と関係ない挿話が差し込まれるのか。実際にうんざりするほど言われたのだろう。

他にも、作中の矛盾や回収されていない要素など、読者が気になることについて、続編というかたちで風刺的に応答する。

 

第5章、サンチョと妻テレサの議論・口論。サンチョとは思えないほど理知的な発言をしていることから、この章は偽作であると「翻訳者」は考えている、ということが本文の括弧内で捕捉される。小説内現実とテクストそのものの関係が入り組んでいる。
テレサ・パンサのエネルギッシュな発言良いな。前篇でもこんなに登場してたっけ? 

p.90-91の領地を持たずに生まれて死ぬ人々についてのセリフ特にすき

p.118 サンチョの言い間違いシリーズ 「従順」を「じゅうじゅう」と言ってしまう。しかも主人ドン・キホーテは初めから分かっていたのにわざと泳がせていたのではと糾弾するサンチョ。それを軽く受け流す御主人。おもしろい

「すべて真理だな」と、ドン・キホーテが言った。「だが、お前の話はいったいどこへ行きつくのか、とんと見当がつかんぞ。」 p.120

 

p.123  「あてがい扶持」を不服としてどうしても定額の給与制を求めるなら、他の従士を連れていくと主人に言われて動揺するサンチョ。あなたそんなにドン・キホーテに惚れきって信用してたのか…… サンキホ尊い……

 

キホーテが家政婦はともかく姪と住んでるのってなんでだっけ。ふたりとも、もう主人に愛想を尽かしてもいいくらいなのに、必死に出立を止めようとするの優しいね
性格の悪い学士サンソンは、物語の続きを読むためにドン・キホーテたちを第三の遍歴へと向かわせたのかな。

 

第8章、隣町エル・トボーソへ、ドゥルシネーアに会うために向かうふたり。名声を求める欲の強大さについてドン・キホーテが語り、サンチョは至高の名声を得るには騎士より僧侶になって聖人列席を目指すべきではと提案する。まぁ道中の雑談か。騎士と宗教・カトリック思想の結びつきについても重要だろう。セルバンテスカトリック信者だったのか。

 

4/20(日) p.145〜

第九章 ここでは、この章で明らかになることが語られる


章内容の説明の慣例を逆手に取ったトートロジーギャグ ほんとおもろい

 

あ、そうか。ドン・キホーテはまだドゥルシネーアに一度も会ったことないのか。サンチョを介してしかやり取りをしていない。サンチョでさえもほとんどドゥルシネーアに接触しておらず、主人の前では誤魔化してたんだっけか

本当の姿は登場せずに、ただ第三者の言葉のなかで憧れだけが膨らんでいく、騎士にとっての「ヒロイン」。まさに他者

 

……われわれはひとまず騎士をそこに残して、サンチョ・パンサについて行くことにしよう。 p.157

三人称の語り手が前景化して自由に焦点を移している。

 

10章 ていうかそもそもドゥルシネーアなんて実在しないのか。ドン・キホーテの妄想の中にしか。

悪い「魔法使い」のせいにすれば全て言い訳できる。サンチョ行動力あるなぁ

ドン・キホーテは目の前の事物をつねに都合良く見違えるわけではない。高貴な姫なんていないことをしっかり認識しておきながら、サンチョの口車に乗せられて、現実認識の「解釈」を歪める。今でいう陰謀論者や、統合失調症の患者? 素人がテキトーに持ち出すべきではない

 

11章、演劇の一座との邂逅だが、珍しくドン・キホーテ側がなにも悪くなく被害者であり、しかもサンチョの制止を主人が聞き入れて、乱闘を起こすことなく引き下がっている。こういうまともな振る舞いをする面がある分、余計に騎士妄想の狂気が際立つ。


12章、別の遍歴の騎士と従士のコンビに会う。通称《森の騎士》。遍歴の騎士ってマジで他にいたんだ…… 騎士道物語の中だけの存在じゃないの!? 会えてしまっていいのか? ドン・キホーテの狂気性が相対化されてしまうのでは

 

13章、《森の従士》とサンチョの従士トーク。サンチョは主人への巨大感情を見せるも、森の従士の語りに説得されて、はやく元の生活に戻ろうかなあともフラフラ思う。芯がないけどそれがサンチョ・パンサ

「売女の子!」という掛け声が侮辱ではなく賞賛としても用いられることについて。またサンチョがあっさり騙されてるのかとも思ったけど、これは嘘ではなさそう。そういうスラングは往々にしてある。

サンチョが利き酒とかいう特殊スキルをいきなり披露。お前そんなん出来たのか
この2人の会話、『BLEACH』尸魂界篇の、一角と射場さんの酒飲み戦闘シーンを思い出して良い。主人同士が相見えているところで、従者同士がのんびりと酒を飲み交わしながら喋る場面。


4/21(月) p.219〜

14章、そういうことか〜〜! 森の騎士は、既に愁い顔の騎士ドン・キホーテを打ち倒してきたと本人の前で語る。後篇でドン・キホーテが出会う者たちは、彼らを物語で読んで知っている可能性があるのね。

 

すると、三頭の馬と灰毛驢馬は、もうとっくにたがいの体の嗅ぎ合いをすませて、仲よく一か所にかたまっていた。 p.225

ほっこり😌

 

なるほど〜〜 森の騎士の正体は学士サンソン・カラスコだったのか。それなら諸々の辻褄が合う。そんな説得的なところに着地するとは。
やっぱり本物の騎士なんていなかった。サンソンほんと性格悪いな……
《鏡の騎士》なのか《森の騎士》なのか。どちらの名も語り手は使っている

 

15章 あ、いちおう単なる悪戯ではなくて、ドン・キホーテを村に連れ戻すために学士は騎士に扮して一騎討ちを挑んだのね。
サンソンは、後篇の裏主人公みたいな扱いになるのかな。ドン・キホーテに復讐するために遍歴の騎士のフリをして、結果的に同じような狂った事をやることになる哀れなライバル役。

否でも応でも狂人だってやつと、自分からすき好んで狂人になるやつと、どっちがより狂ってるんでしょうかね? p.245

 

16章、通りかかった50代くらいの旅人の男の倅が詩を志していることについて、ドン・キホーテがあれこれアドバイスをする。人文学と詩について。ほんとめちゃくちゃまともなことも言えるんだよなこの人……

 


5/5(月) p.267 17章から
檻の中のライオンと対決しようとするも、出てこず不戦勝。運いいなこいつ。命拾いした。

憂い顔の騎士からライオンの騎士へと自分で改名

ドン・ディエゴに狂人だと疑われるも、その弁舌でことごとく論破していくドン・キホーテ

 

18章、ディエゴの息子の作った詩をベタ褒めするドン・キホーテ。注釈詩ってのがあるんだ。原詩の各行を末尾に使ってより膨らませる二次創作みたいなものか。

19章 前篇にもあったような、モブの幼馴染BSSNTR挿話をまたやってる……

それにおいらは、女子(おなご)の「はい」と「いいえ」のあいだにゃ針の先さえ入れようとは思わねえ。狭くて狭くて、とても入りそうにねえからさ。 p.319

良さげな言い回しだが意味が微妙に掴めない……と思っていたら、直後に主人が「検閲」してこき下ろす。サンチョの学(のなさ)に対するキホーテの態度は、この後篇を貫くひとつの軸になりそう。

モブ学生ふたりがいきなり仲間割れして剣術で決闘をし出した。なんだこれ……

 

20章 カーニバルめいた結婚式
サンチョはとことん俗物として、金持ち側に付く

 

21章 バシリオ、やべーヤンデレ男かと思ったら策略だった。幼馴染大勝利でよかったね……?

 

22章
貞淑な妻について

「お前のところのテレサはそんなに悪い女なのか、サンチョ?」と、ドン・キホーテが訊いた。
「ひどく悪いってわけじゃねえけど」と、サンチョが答えた、「それほど善くもねえ。少なくともおいらが望むほどじゃねえな。」 p.371

ひどw
そんなこと言って〜ほんとは愛してるんでしょ〜?と弄りたくもなるが、マジで妻子を置いて意味わからん旅に出てる最中だからな……

 

制服の本やら、いろんな物ごとの起源を書いた本を著している「従兄」の人文学者。なかなかこいつも個性的。「いちばん最初に頭をかいた人間」はアダム。サンチョなかなか頭が回るなぁ

モンテシーノスの洞穴へ ファンタジーめいた展開


5/6(火) p.387〜

23章 なんだ、いつもの妄想だった。しかし、夢を見ているのか、目覚めている状態でいつもの妄想に囚われているのか分からないのが少し面白い。意図的に嘘をついているのではない、という信頼だけある。

洞穴のなかの非現実的な世界がある展開は、不思議の国のアリスの元ネタの可能性もあるか。アリスのパロディではなくて影響元のパターンはじめて触れたな……。

 

24章、えっ 今なんかすごい重要なことをさらっと言わなかった?? ドン・キホーテは臨終の際に、この洞穴の冒険がでっち上げだと認めた??

このように、余はこの冒険が真実であるとも、また偽りであるとも断定することなく書いているのであるから、よしんばこの話が偽作と思われようとも、それは余の責任ではない。それゆえ賢明なる読者よ、諸君は自分で好きなように判断していただきたい。余にはこれ以上どうすることもできないし、そうする義務もないのだから。もっとも、ドン・キホーテがいよいよ臨終というときになってこの冒険を取り消し、その際、自分が愛読した物語のなかに出てくるもろもろの冒険に合致するうえ、その場にふさわしい話のように思われたので、勝手に創りあげたのだと告白したというのは、たしかなことと思われているが。≫
 余白にこのように記した作者は、こう続けている──   p.413

なにを信じたらいいのかわけわからん

あと、そもそもこの小説の入れ子構造どうなってたんだっけ

翻訳者の男はこう述べている……と語り手が言っているので、

ドン・キホーテ←シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ(原作者)←翻訳者←語り手??

という多重構造になっている? この語り手の立ち位置はどうなっているんだ。

 

これから従軍する青年に、武のすばらしさを説くドン・キホーテ。老いた黒人奴隷を「解放」と称して放り出すのは、飢えの奴隷にしているだけだ、という論はなかなかに卓見だ。

サンチョは、主人がそこをいつものように城だと思いこむことなく、あるがままの旅籠と見なしたのを知ると、さすがに少なからぬ喜びを覚えた。 p.425

表紙裏のそでに書かれてたの、これかぁ。最後の最後じゃん。しかも別にこっから先は妄想に囚われないわけじゃあないよね? かなり大嘘のあらすじ紹介ってことになる。

 


後篇1巻おわり

今のとこ…… 文章が読みやすいのは良いが、おはなしはまぁ特にめちゃ面白いわけではない。遍歴の旅に大きな目的やゴールがなく、行き当たりばったりだからなぁ。前篇にあった、見知らぬサブキャラの作中作的な挿話もあんまり無いし。

前篇が世に出て、道ゆく人が既読であるメタフィクション設定が全面に出てくるのかと思っていたけれど、そうでもない。ふつうに『ドン・キホーテ』を知らない人にも会う。

 

 

 

2巻

2025/5/6-17
9日間


第25章
0506
0507 p.14〜
旅籠で、隣村を襲撃しようとしている驢馬鳴き村の話を聞いていたところに、猿と人形使いのペドロ親方がやってきて、キャラと展開が渋滞している。あの猿は、喋る素振りだけしていて占いはペテンってことでいいのか。

 

0508 p.33〜

26章 あーあ、人形劇の敵役を現実と思い込んでめちゃくちゃに壊してしまった。虚構と現実の区別がつかないことのもっとも分かりやすい実演だ。映画館でスクリーンに向かって攻撃するとか、テレビの中のひとを叩こうとして破壊するようなもん。風車を巨人に見間違えるような、別物だと思い込む系統はこれまであったけど、逆に作り物を「本物」だと見紛うのは初めてかな

 

この場においでの方々に、真実の偽りのないところを申し上げるが、拙者には今しがたここで起こったことがすべて、そっくりそのまま現実のこととして起こったように思われた。 p.47

あれっ!? ちゃんと正気を取り戻して反省できてるじゃん。やっぱり徐々に前篇とは認識が異なっていくのか
正気と狂気の狭間を行ったり来たりするのがかえってリアルだしスリリングだ。

こいつらめっちゃ金持ってるな……

 

27章 前篇の驢馬盗まれたくだりを書き忘れた件を印刷所のせいにしてて草

やっぱりあの猿占いはペテンだったか。それでも、騙すためにちゃんとその村の情報収集をしてるの偉い。

まさか前篇に出てきた人物だったとは思わなかったが、特にドン・キホーテにそれが明らかにされるわけでもなく、単に読者に対して開示されただけなのがまたなんとも、この時代の小説って感じがする。

それから、人形劇の舞台であったサラゴサに、実際に近づきつつある、というのがまた現実と虚構のオーバーラップとしてアツいな。

あ、驢馬鳴き村の件もちゃんと回収するのね

まるでトロンボーンのように、のべつ剣を抜いたりひっこめたりするとしたら、 p.63

この頃からトロンボーンってあったんだ

 

部外者ながら口を出し、サンチョが驢馬の鳴き真似をしたことでボコボコにされるふたり。酷い目に遭うのは後篇では初めてか。これは気の毒だが、侮辱されて怒っている他人にいきなり冷静になって相手を許せと言うほうが不躾ではある。

 

28章 

「やれやれ」と、サンチョが言った、「お前様はたいそうな疑問を解いて、そいつを見事な言葉で説明してくれなさったよ! あきれて物も言えねえ! おいらの体の痛みの原因というのはそれほど謎めいていたのかね、わざわざ棒の当たったところが残らず痛むに違いねえって教えてもらわなきゃならねえほど? なるほど、おいらのくるぶしが痛むっていうなら、どうして痛むのか、その原因を考えたり推察したりってこともありそうな話よ。だけど、さんざん打ちのめされたところが痛むっていうのに、解き明かす疑問や謎がどこにあるんだね? まったくの話、旦那様、他人の痛みなんかさほど気にるならねえ、とはよく言ったもんだね。

アンチミステリ?

さあ、話すがよいぞ、わしの息子よ、お前の頭に浮かんだこと、口に出てきたことを好きなだけ話すのじゃ。 p.73

サンチョは従士を辞めようとするも、ドン・キホーテに逆ギレされ罵倒されまくって一転、謝る。力関係そんな感じなんだ。サンチョもっと頑張れよ〜 搾取され続けている。愚者だから……

 

29章、魔法の小舟の冒険、一章で終わる。

5/10(土) p.95〜

30章、『ドン・キホーテ』の愛読者である公爵夫妻に会う! ドン・キホーテのファンだから、彼が狂っているのを承知済みでそれに合わせようと歓待する。

好きな本の登場人物が目の前に現れたらそりゃ嬉しいよなぁ。アイドル(偶像)への推し活?みたいなものも射程に含んでいるように読める。

そういえば、これらの人々は『ドン・キホーテ』をフィクションだとして読んでいたのか、それともノンフィクションとして受容していたのか。どういう設定なのだろう。実際の当時の読者はさすがに虚構だと認識していただろうけど。

 

31章

ドン・キホーテにとってこうした歓迎はすべて驚嘆することばかりで、彼はその日はじめて、自分が空想上の騎士ではなく、正真正銘の遍歴の騎士であることを認め、確信するにいたった。 p.108

あーあ。こうして空想が現実を襲い、そのあわいにいた彼をも呑み込んでゆく……

サンチョ、老人に失礼すぎてわろた

「この、ろくでなし!」と、怒り心頭に発した老女がどなった。「あたしが年寄りか年寄りでないか、そんなことは神様がお決めになることで、お前さんなんかの知ったことじゃないよ、このニンニク食らいの田舎者め!」 p.112

そりゃこうなるわ。俺が決めることにしていたらサムライ8だった。

「旦那様」と、サンチョが答えた、「誰だって人は、どこにいようと、自分にとって大事なことを話さなけりゃならねえ。……」 p.113

名言めいた台詞を定期的に吐くサンチョ

城のみんなで盛大にドッキリを仕掛けているかんじだ。ただし、かけられている当人にはネタバレが行われず、当人がはじめから狂っているのでノリノリである類の。

p.115、寝台ある部屋でふたりきりでドン・キホーテがサンチョに服を脱がしてもらうとか、BL二次創作が始まるかと思った。

 

ところで、ドン・キホーテって、サンチョに対する認識だけは正確なのか。従士を偉大な者として思い込んだりは一切せず、立派な騎士たる自分の従者が愚か者であることを正常にまなざして叱責などしている。尊いかもしれん。

 

「いや、好きなだけ嘘をついたらよかろう」と、ドン・キホーテがひきとった、「拙者としては、お前の口を封じるようなことはせぬからな。……」 p.119

嘘をつくことを認めてくれるドン・キホーテ

「いえ、わたくしを喜ばせようという気持があるなら」と、公爵夫人が言った、「話を短く切りあげてはいけません。それどころか、この人の好きな話し方で話してもらいたい者ですわ。なんなら六日かかったってかまいやしません。そんなに長続きしたら、それこそわたくしがこれまで経験したことのない素晴らしい日々になるでしょうから。」 p.121

サンチョに激甘な夫人

p.124 『ドン・キホーテ』は伝記として流通してたのね。

せっかく気持よくもてなされていたドン・キホーテ冷や水を浴びせかける聖職者の男。

……あんたについて語られている、ああした一連のばかげた話は、いったい全体どこの世界のことなんです? p.126

現実では正論だが、殊この物語ではヒールでしかあり得ない。

 

32章 ドン・キホーテ、閣下の侍女たちからも揶揄われてて草

33章、公爵夫人がドン・キホーテから隠れてサンチョに「で、ほんとのところ、お前の主人ってどうなん?」と尋ね、サンチョは「狂人です。だけどおいらは運命を受け入れて彼について行きます」と答える。てぇてぇ

p.161-162 サンチョのでっち上げことわざラッシュやべ〜。ラブレーみがすごい

 

5/11 p.166〜
34章、サンチョに寄り添うふりをして、悪い魔法使いの実在を信じ込ませるなど、内心で馬鹿にし続ける夫人。この公爵夫妻なんなんだ


5/12 p.190〜

35章 騙されて3,300回の尻への鞭打ちを自分でさせられることになるサンチョ、さすがに可哀想だ…… 貴族による庶民への集団いじめ(詐欺&傷害)じゃん

さあ、お前のびくついた驢馬のようなその目を、夜空にきらめく星にもまごうあたしの瞳にお注ぎ。そうすれば、そこから糸を引くように、そして束をなしてあふれ出る涙が、あたしの両頬という美しい野に溝をつくり、畝をつくり、さらには道をつくって流れ落ちるのが見えるでしょうから。 p.198

すごい言い回し

 

というのも、二人にとってこれより大きな喜びをもたらしてくれる現実(ベーラス)はなかったからである。 p.207

財を成し贅沢な振る舞いが可能な公爵夫妻こそ、もっとも現実から虚構の世界へと逃避耽溺している。世知辛いことだ。

 

36章
悪魔メルリンとドゥルシネーア姫役は、執事と小姓がやってたのかよ
テレサに宛てたサンチョの手紙

さんざん鞭打ちをくらったけど、わしは驢馬から落ちることなく元気です。 p.211

これが書き出しの手紙かっこいいな

というわけで、とにかくお前は、このやり方で、さもなくばあのやり方で金持になり、幸せになるはずだよ。 p.213

この適当な感じすき

このお城より、一六一四年七月二十日。 p.213

どのお城だよ!というツッコミ待ち サンチョにとってはこれが自然

 

37〜40章、髭を生やされた老女トリファルディ伯爵夫人。これもまた公爵夫妻の悪戯。サンチョは老女をとにかく嫌っている。

何故か知らんが章分けが細かくなっている。

おお、令名赫々たる作者よ!……そなたたちが一人ひとり、また皆いっしょになって、この世に生を受ける者たち共通の慰めとも喜びともなるために、無限の世紀を生きながらえますように! p.248

なんだここ でも実現しているといっていい

 

5/14 p.260〜

41章 魔法の木馬に乗って空を飛ぶふたり。目隠ししてのVR体験アトラクションみたいなことしてる……

目隠しを外してても騙されたままのサンチョ

 

42章、島の領主になるための準備をさせられるサンチョに、ドン・キホーテが助言する。

え、マジで領主になるの? いつどうやって「なかったこと」になるのか。。

 

5/16(金) p.296〜

43章 ドン・キホーテの助言はまだ続く

なにしろ、おいらは本一冊分より多くの諺を知ってるもんだから、おいらが話そうとすると、そいつらが一緒になってどっと口もとに押し寄せて、押し合いへし合いしながら、自分が先に出ようと争うんです。そこでおいらの舌が、最初に出くわしたやつから順に、そいつがその場にぴったしであろうとなかろうとかまわずに放り出していくってわけですよ。 p.300

サンチョの諺キャラって前篇からあったっけ?? こんなに強調されてなかったような。

 

44章 またもや、冒頭で原作者シデ・ハメーテの思惑を「翻訳者」がいろいろ語る。前篇にあった、本筋と無関係な短編を後篇では排除している理由について。
サンチョまじで島へ旅立ったよ。

一方、夜中に自称14歳の侍女に求愛の歌を歌われてからかわれるも、ドン・キホーテはなんとか節操を保つ。えらい

 

45章、島じゃなくて村じゃん! バラトリア村の領主となったサンチョ。いきなり法廷編が始まる。〈ガルガンチュアとパンタグリュエル〉でも『やし酒飲み』でも『カラマーゾフの兄弟』でも『異邦人』でもあったように、法廷パートは文学にしばしば出てくるんだなぁ

うお〜 杖の中の借金、なぜかサンチョは見事に見抜いて解決した…… ミステリっぽいというか、伏線?回収の原始的な話で面白い。とんち・落語的でもあるか。

3番目の案件はレイプ冤罪で"恥知らずな女"が罰される、ミソジニストが喜びそうな話で後味が悪い。とはいえ、なんでサンチョはこんなに裁判で機知を発揮してるんだ。

 

46章 ドン・キホーテとサンチョの話を交互にやるんだ

ロマンセの詩を自分で作れて歌えるドン・キホーテ普通にかっこいい。「デル・トボーソ」と「消せようぞ」で押韻する邦訳もすごい

公爵夫妻はちゃんと反省して下さい。傷害沙汰になってるんだから。ドン・キホーテの周りの人々のほうが、彼の狂気を楽しみたくて、結果的により狂人らしい振る舞いをしてしまう倒錯がある。


5/17(土) p.362〜

47章 食事をお付きの医者にすべて取り上げられるサンチョ領主。ここの挿絵、今まででもっとも寄りの構図だな

48章 もっと顔面どアップのドン・キホーテ像だ……

だが、わしとしたことが何とばかげたことを想いわずらい、口にしておるのだろう、正気の沙汰とは思えんわい。 p.389

反省能力が

さあ、人間の喜びとは無縁の老女どもよ、消え失せろ! p.390

ひでぇ〜

この娘は日に日に海の泡のように美しく育っていきました。 p.396

素敵な比喩

ええっ 謎の侵入者につねられて次巻に持ち越すのか

 

 

49章 『ふたごチャレンジ!』のような、きょうだいでのジェンダー装チェンジ。このきょうだいだけ、公爵夫妻らの筋書きにないガチのイベント。「名探偵津田」の1の世界と2の世界みたくなってる。周りの世界そのものが狂ったふりをして、正気と狂気が反転する。といってもドン・キホーテやサンチョは嵌められていることにも気付いてないけど。サンチョ、領主としてかなり強権を発揮している。何人か追い出してるし。。

あと2日で領主じゃなくなるのか! 主従どちらもかなり先が気になる引きだ。第3巻へつづく!

 

 

 

 

3巻

5/30〜6/8 7日間


5/30(金)

50章 公爵夫人の「脚の排水口」ってなんのことだっけ おぼえてない

p.13 サンチョの娘14歳にもなってるのか……

 

6/2(月)
サンチョの妻テレサと娘サンチーカの2人も、公爵夫人にまんまと騙されるのか。村の司祭や学士は流石にまだ疑っている。ただ、騙されるといっても、サンチョが公爵夫人の庇護のもとで領主になっていることは事実だしな…… 現実と虚構がもはや渾然一体となっているようだ。

51章
ゼノンのパラドックス的な事案を判事として解決する領主サンチョ。

6/3(火)
ドン・キホーテからサンチョへの手紙

相変わらず、孔子の教えかってくらい至極真っ当な規範的なことを言っている。狂気と一見矛盾するようだが、むしろ虚構=理想を鵜呑みにして追い求めているがゆえ、という点でこれらは一貫しているのだろう。

小生は、現在の無為の生活を早々に切りあげる所存、なんとなれば、小生、かかる生活のために生まれたるにあらざるが故。 p.42

刺さるぜ

ドン・キホーテは公爵夫妻の庇護から抜け出て遍歴の旅を再会しようとしている。サンチョは領主のまま置いていくつもりなのね

この時代の領主って、三権分立とかがなく、警察なども含めた全ての国家権力を一身に担っているのか。そりゃ独裁者が現れまくるよなぁ

 

52章

公爵夫妻は、これもまた家臣たちがドン・キホーテにしかけようとしている悪ふざけのひとつであろうと思ったが、それにしても、ため息をつき、うめき、泣いている女の真に迫った様子を見るにつけ、だんだん確信がもてなくなり、とうとうどっちつかずの気持になってしまった。 p.51

壮大なドッキリ仕掛け人である公爵夫妻でさえ、その境界線が分からなくなり、虚実のあわいに翻弄されてて草 いい展開だなぁ

 

53章 1週間ほどでサンチョの領主生活は終わりを告げる。敵が攻め込んできた芝居をして、サンチョを自発的に領主の座から降りさせる作戦。ほんと性格が悪いわ〜 2枚の縦に挟まれて身動き取れなくなったサンチョの格好はコント的に笑えたけど……w
ピンチになったときにドン・キホーテに頼るのも信頼感があって良いし、何より灰色驢馬へのサンチョの献身的な愛にグッとくる。動物好きにおすすめの小説。

 

54章 公爵夫妻の城へ戻る道すがら、サンチョは住んでいた村の隣人・モリスコ(モーロ人)のリコーテに遭遇する。スペイン国王のモリスコ追放令によってドイツへ移住しようとしているリコーテは、村の近くに隠していた金を掘り出すのにサンチョを誘うも、断られる。章題通り、かなり独立した政治的意図が読み込めそうな章だ。

 

55章 運命的な(都合の良すぎる)再会。これでまた、視点が行ったり来たりすることなく物語がドン・キホーテ主従に焦点を合わせて進む。

 

6/5(木)

56章 ドニャ・ロドリーゲスの娘を騙した男に扮した従僕とドン・キホーテの決闘。しかし、従僕が娘に惚れてしまい、不戦敗で結婚を受け入れてしまう。またもや公爵夫妻の計画外の出来事が起こったが、しかしドン・キホーテが「魔法使いの仕業」だと言い張ったことで丸く収まる。公爵たちはドン・キホーテを騙そうとしたのに、結果的には彼に助けられるかたちに。

 

57章 やっっっと公爵夫妻の城から出発した。長かった〜〜
そういや、ドゥルシネーア姫の魔法を解くためにサンチョの尻を2,000回だか打つ件はどうなったんだ。なぁなぁになって忘れられた?

 

58章 p.147 サンチョ、暗に主人が不細工だと、かなり酷いこと言ってない? それにドン・キホーテが特に怒らずに冷静に「心の美しさ」を持ち出して返すのがまた妙に可笑しい。

森でピクニック的なことをしている、『ドン・キホーテ』読者の一団に招かれる。

公爵夫妻編が長かったことの影響で、旅先で出会う人々や出来事をいちいち「これはドン・キホーテたちを揶揄おうとしている演技や作り物ではないか?」と疑ってしまう。当人たちは何も気付いていないので疑いもしないのだけれど。

 

牛追いの一団に踏みつけにされた主従。ドン・キホーテも失敗して羞恥を覚えるんだ……

「去年の雲ほども気にかからない」って言い回し良いな

 

6/6(金)

59章

サンチョよ、わしは死にながら生きるために、そしてお前は食べながら死ぬために生まれてきたのじゃ。 p.165

馬に轢かれたのがそんなに餓死を望むほどに屈辱だったのか……

 

『贋作ドン・キホーテ』が作中に登場してる!! めちゃくちゃこき下ろしてるけれど、こうして正篇に出しちゃった時点で、ある意味で公式が認めちゃったということだから、贋作者は喜んでしまうのではないかなぁ

贋作の描写を真っ赤な嘘にしたい一心で、行き先がサラゴサからバルセローナへとあっさり変更された…… それほどドン・キホーテ本人にとっても贋作の存在は侮蔑的なものということか。

「いや、誰でも拙者を描写したいと思う者に書いてもらってかまわぬ」と、ドン・キホーテが言った、「ただ、誹謗中傷を旨としてもらっては困る。あまり悪口が過ぎると、つい堪忍袋も緒が切れますからな。」 p.180

2次創作に寛容だが一線は引く公式の注意書きみたいなセリフ

 

60章 

死体がたくさんぶら下がる森怖すぎ
男装娘が出る率多くない? セルバンテスの嗜好なの??
おなじみの嫉妬による男女の悲劇エピソード。

実在した盗賊の首領ロケ・ギナールをそのまんま出演させる。強盗してるのに被害者から感謝されるように振る舞う知性とカリスマ性を持つ、なかなかにしたたかで怖い奴。
今度はこいつが公爵夫妻のように、バルセローナでドン・キホーテたちが弄られる下地を作るのか

 

6/7(土)

61章 
海!! バルセローナって沿岸都市なんだ
生まれて初めて海を見たドン・キホーテとサンチョ。p.218の情景描写が良い。この小説ではあんまりないから……

 

62章 

さて彼は、ドン・キホーテを自分の家に迎えると、どうしたら相手を傷つけることなく、その狂気を世間に知らしめることができるだろうかと、頭をひねった。というのも、人に苦痛を与えるようであっては冗談とは言えないし、第三者に害を及ぼすような気晴らしは、気晴らしの名に値しないと思ったからである。 p.223

すばらしい心掛け

おい聞いてるか公爵夫妻!!!

と言いつつ、こっそり背中に紙を貼るという虐めじみたことをやってる……

 

すると、ドン・アントニオはドン・キホーテの手をとって、青銅の首から大理石のテーブル、そしてそれを支えている脚へと、全体をずうっと撫でまわしてから、こう言った──  p.228

奥の密室に招き入れて「秘密」を明かそうとするこのくだり、露骨にホモセクシャリティの暗喩っぽく読めるのは気のせいか?

はやみねかおるが好きそうなからくりトリックの石膏像「魔法の首」

 

この時代は既に活字印刷があったんだ
ドン・キホーテたちがここまで作中世界で人気になったのは出版物のお陰なので、こうして印刷所を訪れることの意味は大きい。
翻訳の価値について語る
まーた贋作版を出しちゃってるよ。嬉しいだろうなー

というのも、虚構の物語は、それが真実に近ければ近いほど、あるいはそれに似ていれば似ているほど、楽しくもあれば優れてもいるものになるのであり、また真実の物語は、その真実の度合が高いほど、いっそう優れたものになるからでござる。」 p.252

ドン・キホーテの物語観

 

 

63章 ガレー船でモーロ人の海賊船を取り締まる。

男装美少女を何人登場させれば気が済むんだ。この時代、遍歴者に会うような女性は大概男装している等の事情はあるんだろうが。女装美青年まで出てきた。

モーロ人追放と宗教・人種差別の問題を再びガッツリ扱う。

あ~54章に出てきたモリスコ:リコーテの娘か! 前篇でもそうだったけど、運命的な再会の伏線回収を都合よく描くよなぁ。ドン・キホーテが妄想に陥っている以上に、この小説世界じたいがかなり虚構的=物語的。


64章 《銀月の騎士》との決闘。これ絶対……
カラスコ~~!! 鏡の騎士の顛末を完全に忘れている。もはや、カラスコが裏主人公では?

あと100ページ以上もあるのに、村に帰ることになってしまい大丈夫か

ドン・キホーテが正気になって世にもたらすであろう利益なんぞ、彼の狂気沙汰がわれわれに与える喜びに比べたら物の数ではないってことが、あなたにはお分かりにならないんですか? p.287

功利主義者だ

だが、拙者は惨めな身のほどをわきまえずに、何を言っているのだろう? 拙者は打倒された身ではないか? 負け犬ではないのか? 拙者はむこう一年のあいだ剣を手にすることのできぬ人間ではないのか? その拙者に何の約束ができるというのじゃ? 剣より糸巻き棒を手にするほうが似つかわしいというのに、何を偉そうな口をきいているのじゃ、このわしは?」 p.291

ドン・キホーテがネガティブホロウを喰らってしまったようだ。意外と撃たれ弱いな

 


65章 

これを読む者には目に見え、人が読むのを聞く者にはその耳に入るであろうことどもを扱う章 p.297

ずっとスルーしちゃってるけど、「章題でトートロジカルな情報量0のことを言う」芸、ふつうに面白いんだよな。なにもその章の内容を説明していない。これも、それまでの騎士道小説を諷刺・パロディした結果だろう。

 

さあ、友のサンチョよ、歩みを進めるのじゃ。 p.300

これまで主従の関係だったのが、ドン・キホーテが騎士の名を剥奪されたことで、対等な「友」になるのアツい

 

66章 公爵夫妻の従僕トシーロスと再会。けっきょくロドリーゲスの娘と結婚できなかったんかい

 

67章

……サンチョよ、お前もお前の想いを寄せる女に好きな名前をつけるがよいぞ」
「おいらはね」と、サンチョが応じた。「《テレソーナ》ちゅう名前のほか、つけるつもりは毛頭ありませんや。これなら女房の太っているところにも、またテレサちゅうあいつの本名にもぴったしだからね。 p.316

サンチョしっかり妻のこと好きで良い

 

68章 まーた公爵夫妻かよ!! 諦めが悪いな~~ほんと。この物語のラスボスみたくなってないか??

69章 サンチョほんと可哀想……… あと老婆がマジで嫌いなんだな

70章 

さらにシデ・ハメーテは、こう付け加えている──人を愚弄する者たちも愚弄される者たちと同じく狂気にとらわれていると思う、現に、公爵夫妻は一対のばか者をからかい、もてあそぶのにあれほどまでの熱意を示しているのであってみれば、彼ら自身、ばか者と思われるところからほんの指幅二つと離れてはいないのだ。 p.352

ほんそれ

地獄の入り口では悪魔たちがテニスをしているらしい。この時代すでにテニスってあるんだ。そういやガルパンでもテニス描写あったな

まーた贋作disりしてるよw

え、好きでもないドン・キホーテ爺さんに振られ続けることに我慢できなくなったアルティシドーラが、昨晩のことも恋慕もすべて芝居だったとバラしてしまった!……のに、なんかスルーされている。えぇ……

p.359 当時の詩人への風刺?

 

でもわしは、あいつのことをこの目の睫毛よりも愛してますけどね。」 p.361

サンチョの愛妻家っぷりよ。にしてもどういう言い回し??

 

 

71章 サンチョ意外と暗算はやいな

遂に鞭打ちするのか ……やはりズルしてるけど、そもそも騙されててしなくていい罰だし、ちょっとでも自分にやったのが偉い

彼は敗北を喫してからというもの、これから述べるように、万事においてよりまっとうな判断をするようになっていたのである。 p.372

だいぶ前から、旅籠を城とかに誤認しなくなっている。

 

72章 おいおい、今度は贋作で初登場した人物を出しちゃってるよ。。 それはもう、贋作も公式だと認めたようなものでは?

ていうか、贋作の主人公たる偽ドン・キホーテや偽サンチョも、作中世界に存在することになっているのか。

 

村長に自分たちが本物だと認めてもらうことにどんな意義があるのか。法的なお墨付きとは。

ドン・キホーテ様は他人に打ち負かされはしたものの、御自分には打ち勝って戻りなさったんだよ。旦那様の言いなさるには、おのれに勝つってのは、勝利のなかでも一番すごいんだそうだ。 p.388

なんか感動的だぞ……!?

帰ってきた〜〜!!

 

6/8(日)

73章

ただいま〜 パンサ家は仲睦まじくて良いなぁ

ドン・キホーテもなんやかんやで自分を心配してくれる学士や床屋や祭司といった友人に囲まれてて幸せだ。

マジで1年間の牧人生活に付き合ってくれるのか。それは彼の狂気を余計に強めるだけのように思えるけど。だってそもそも1年間村から出てはいけないルール自体が騎士道に則った罰なのだから。

 

「どうしても適当なのが見つからなかったら、世間にごろごろしている印刷された書物のなかの牧女の名をつけるまでですよ。……なにしろ、こうした女性たちは市場で売られているんですから、我々もそれを自由に買って自分のものにすることができるんです。 p.396

言い方!

そういや今さらながら、姪がいるってことはドン・キホーテにはきょうだいがいるってことだよな。その辺は前篇で語られていたっけ?

 


74章 ええーっ! 死んじゃうのかよ……

学士カラスコめっちゃ責任感じてないか? 自分が決闘で倒しちゃったから……

おかげで、わしは今や曇りのない理性を取りもどし、あのおぞましい騎士道物語を読みふけったがためにわしの頭にかかっていた、無知という黒々とした霧もすっかり晴れたのじゃ。それゆえ、今ではああした物語がいかに荒唐無稽で、まやかしに満ちていたかをはっきり認めることができる。 p.403

「狂気」からも醒めるのかよ。寂しくなるなあ

善人アロンソ・キハーノ。なんかそんな本名だったなぁ懐かしい!

 

「友のサンチョよ、どうか赦しておくれ。この世に遍歴の騎士がかつて存在し、今も存在するという、わしのおちいっていた考えにお前をおとしいれ、わしだけでなく、お前にまで狂人と思われるような振る舞いをさせて本当にすまなかった。」
「ああ、旦那様!」と、サンチョが泣きながら叫んだ、「どうか死なねえでくださいよ。それよりおいらの言うことを聞いて長生きしておくんなさい。いいかね、おいらの大事な旦那様、この世で人間のしでかす一番でかい狂気沙汰は、別にたいした理由もなければ誰に殺されるってわけでもねえのに、ただ悲しいとか侘しいとかいって死に急ぐことですよ。 p.407

泣ける・・・

 

騎士道のガチアンチになってるやん。姪の結婚相手は騎士道物語を知らない者であってほしいとか。

彼の死を見とどけた司祭は公証人に、世間でドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャと呼びならわされていた善人アロンソ・キハーノは、天寿をまっとうしてみまかったということを、書きつけにして証明してもらいたい、と頼んだ。シデ・ハメーテ・ベネンヘーリ以外の作者が不届きにもドン・キホーテをよみがえらせ、彼の武勇伝を果てしなく書き続ける可能性を排除したいからだ、というのがその理由であった。 p.412

なるほど! 贋作がもう二度と出回らないように、セルバンテスは主人公の死で物語を閉じたのか。じゃあ間接的に贋作がドン・キホーテを殺したってこと? 元々その予定だったのかな。

にしても、ドン・キホーテらにとってシデ・ハメーテ・ベネンヘーリの存在はどう理解してるの? 勝手に見知らぬモーロ人が自分たちのこれまでの旅をだいたい正確に書いて出版してるとか意味わかんなくない??

 

そして、高邁なシデ・ハメーテは、おのれのペンに向かってこう語りかけた── p.413

ハメーテが執筆に使ったペンの架空の語りが最後にくる。とにかく、贋作の存在が赦せない気持ちが伝わってくる。

……余は余で、おのれの書いたものが、当初のねらいどおりの成果を十全に収めえた最初の作家であることに満足し、それを誇りにすることができよう。というのも、余の願望は、騎士道物語に描かれた、でっちあげの支離滅裂な話を、世の人びとが嫌悪するようにしむける以外になかったのだから。 p.415

いやいや…… ハメーテがこの小説を書いた理由が、騎士道物語のネガティブキャンペーンだなんて最後の最後に言われても……。当然、セルバンテスとハメーテは異なるので、風刺諧謔が何重もの複雑な階層を成している。

 

終り

おわり!!!!!!

 


訳者あとがき

あー、前篇の序文で、アンチ騎士道物語という執筆目的を宣言しているのか。p.423

前篇から後篇になっての違いなど、要点が整理されていて助かる。牛島さんの翻訳ほんと読みやすかったです。ありがとうございました!!

 

 


感想まとめ

訳者あとがきにて、前篇と後篇で大きく様変わりしていることが解説されており、もちろんそれには同意するが、しかしわたしの主観的な読み味としては、そんなに前篇から異なってはいない。いずれも、同じくらい面白いし、同じくらい退屈だった。

まず、大前提として、前篇から引き続き、文章がとても読みやすいのがいい。訳者の貢献と原文の性質が半分半分だろうか。『ドン・キホーテ』が何よりもまず、途方もない「おしゃべり=語り」によって構成された小説であることを踏まえれば、この読みやすさは単なる一利点に留まらず、本書が世界文学上の最大の傑作という地位を与えられている根本的な要因とさえいえるだろう。セルバンテスほんと文章が上手いと思う。400年前に外国で書かれたとは思えないくらい。そこらへんの流行りの小説のほうが読みにくかったりするだろうから。作文がうまくなりたければ『ドン・キホーテ』を読むといいと思う。しらんけど

 

後篇で重要なのは、ドン・キホーテ主従を "騙す" 公爵夫妻や学士サンソン・カラスコやらの存在だろう。『前篇』を出版物として読んでいる登場人物が、ドン・キホーテらをからかうために、わざと騎士に扮装したり、悪魔や魔法などの非現実的な要素を現実に再現する。後篇の三分の一は、公爵夫妻のもとに主従が招待されて、ひたすら仕組まれたドッキリに巻き込まれて翻弄されるくだりである。笑えるものとして書いているのだろうが、正直、いくら『ドン・キホーテ』のファンだからといって、自分たちが笑って楽しむために彼らにいたずらをしかける公爵夫妻には良い印象が持てず、ふつうにいじめ・集団リンチの話を延々と読まされているような不快な気分に陥った。こいつらまじで性格が悪い。サンチョが島(という体の村)の領主になって人々のお悩みを次々に裁いていく領主編はけっこう面白かったけど。

このように、公爵編では、ドン・キホーテが前篇でひとりで勝手に暴走して夢想していた騎士道物語というフィクションが、公爵夫妻という地位と権力と金がある奴らの手によって現実に創り出され、われらがドン・キホーテがそれに翻弄されるさまを読まされ続けるため、せっかくの尊い「妄想」が、金持ちの権力者によってこけにされて毀損されたように感じた。(というか、たぶんそういう意図で書いているのだろう) たとえるなら、クラスの隅っこの根暗なオタクたちだけで愉しんでいた深夜アニメが、突如、クラスの人気者の陽キャたちにも流行り出して、俺らの者をもともと恵まれた奴らに取られてオモチャにされたような、そんな気持ち……かな?

それから、後篇では「悪の魔法使い」という便利すぎる概念が登場する。これによって、ドン・キホーテの現実認識(etc. 愛しのドゥルシネーア姫)に矛盾が生じようとも、すべて「悪い魔法使いのせいだ」として納得できてしまい、もう何でもありやん……と感じた。(これもおそらく、そういう「台無し」にする意図で書かれているのだろう)
すなわち、前篇で構築したドン・キホーテの「狂気」を、この後篇では徹底的に虚仮にして毀損して脱臼させることで、最終的に、「騎士道物語」というフィクションの尊厳を失墜させているといえる。……そう考えると、前篇とはかなり違った小説に思えてくるなぁ。あんま読んでる最中はそう感じなかったけど。

 

前篇後篇の大きな違いとして盛んに言及されるのが、「前篇は途中で独立した短編っぽい章が挟まっているが、後篇はそういうのがなく一筋の物語である」という点だが、これもわたしはあんまり感じなかった。後篇だって、道中で出会う人々がいきなり長々と身の上話を始めることはよくあり、それは実質的に前篇の脇道と変わらないだろうと思う。ただ、『ドン・キホーテ』で面白いのはそういうモブのお喋り・脱線であるとわたしは思うので、後篇でもそういう読み味が失われていなかったことは良かった。

 

あと、後篇になって、サンチョがとにかく台詞に「諺」を引きまくる性質が追加されていたことには言及しておきたい。スペイン語のことわざなので、実在するものなのか否か判別は出来ないが、おそらく、架空のことわざっぽいフレーズをもサンチョは無数に喋っており、いわばこれは大喜利の一種なので、かなり楽しめた。よくそんな絶妙な馬鹿馬鹿しいラインの架空ことわざをでっち上げられるよな~~と感心もした。こうした過剰な多用・反復・羅列はラブレーっぽい。

 

後篇の途中から、執筆当時出回っていた『ドン・キホーテ』の続編の「贋作」への言及もかなりある。もちろん贋作を徹底的にコケにするかたちでの言及なのだが、それがかえって、正式な続編のなかで言及されている、ということで逆効果なのでは?半-公式化しちゃっているのでは?とも思えて面白かった。公式が二次創作にコメントするのは……色々と慎重に、ね!(こうした面でもなんて現代的な小説なんだ……)

 

全体を通して、サンチョがいっちゃん好きだな~ たぶん読者の多くがそうなんじゃないかと思う。人気投票したら多分1位。それくらい人間味があって親しみがもてる。意外といいこと言うシーンも多いし。主人ドン・キホーテとの、たまにケンカや仲違いもするけど主従の深い絆で結ばれているところがエモいし(サン×キホは大手CP)、相棒の灰毛驢馬を大切にするかんじもいい。あと村においてきた妻テレサ・パンサとの愛情深い関係も好き。
もちろん主人公ドン・キホーテも好き。ラストが哀しかったなぁ・・・

 

 

 

 

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