『ヴァインランド』(8.)トマス・ピンチョン(1990)

 

 

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これの続きです。とっくに読み終わっていましたが、最終盤の感想メモだけ投稿するのを忘れてました。

 

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ピンチョン新作という朗報に接して、モチベが高まったので、とりあえず投稿していなかったぶんを公開します。(短いです)

 

 


2021/6/19
13章(p.384-p.419)

サーブ大学騒動からしばらく経った後、ブロック・ヴォンドは自分の秘蔵計画「政治的再教育計画」(通称:PREP)の収容所へ訪れてフレネシと再会する。
助手ロスコのブロック観

p.391
ピンチョンはやはり勃起がひとつのオブセッション・モチーフだなぁ
『V.』では求人チラシを股間に乗せて指し示した求人へ向かって運命の出会いをするとか、『重力の虹』は言わずもがな。

男性的な象徴というだけでなく、自由意志が介在しない形で表出する、(生物の)システムとして組み込まれている機構として頻用しているように思える。もちろん、それが滑稽さ・下品さに直結しているというところまで含めて。

 


2022/6/2
1年ぶりくらいに再開。しおりはp.406辺りに挟まっていた。p.384の13章から読み返す。

 

 

 だが一方フレネシは、出産の当日もそれに続く週末も、人生最大の落ち込みのさなかにあった。なのに誰も、そのことに気づいてもくれない。父親になった喜びで頭の中が霞んでいるゾイドばかりか、サーシャでさえも。自分に宿って自分の体をいいように何ヶ月も酷使しヘトヘトにした上、この先まだ自分の上にのしかかってこようとしている小さな生命体に憎しみすら抱いた冷え冷えした記憶を、〈時〉は洗い落としてくれなかった。……TVのトークショーもなければ、自助ネットワークも、フリーダイヤルのカウンセリングもなく、育児の知識も何も、外部から得られなかったころのことである。暗闇に落ちるままに、自分が助けを必要としていることさえ見えずにいた。赤ん坊は搾取のプログラムを進めるばかりで、自分のことを寄生宿主としてしか認知せず、母乳と睡眠を奪い取っていく。母親になることで人は新たな汚れなき魂、真実の愛、大人の現実に向けての跳躍を勝ち取るとか聞かされたことがあったけれど、何のことだかわからなかった。彼女は裏切られた気がした。吸い取られ、吸い尽くされ、すべてが終わるのを耐えて待っているだけの、うちひしがれた雌動物......。ある晩の午前三時、深夜映画の流れる前でサーシャが赤ん坊を揺すっている。スローに刻む心搏と、トクトクと痛む乳房を感じながら、画面の光を浴びたフレネシがかすれ声を立てた。「この子つれて、どっか、消えてよ」 p.409

 

プレーリーを産んで鬱になっているフレネシに、彼女の父ハブが自身の人生の話を語るくだりで泣きそうになった。ハリウッドの照明技師を志望したが政治闘争で反抗的だったために干されてうだつの上がらない労働者としての一生を送ることになった男。

pp.416-417
 ハブは外から帰ってくると警官隊の消火ホース、催涙ガス棍棒とチェーンとケーブルの切れ端の話をし、それを聞くとサーシャもつい惚れぼれとしてしまう。傷を作って帰ってきたこともあれば、拘留されて帰って来ない時もあった。保釈金をつくるためにサーシャは夜を徹して働いたりもしたのだけれど、夫のほうは仕事といってもまだ見習いの照明技師で、電気スタンドやトースターの修理だとか、反共体制の網の目からこぼれたところで帳簿に載らない仕事を好意で回してもらうという毎日だった。師と仰いだ老電気技師らは、手の、特に親指のあたりが黒く固まったようになっていたが、これはワット数など気にかけずに電流のテストを繰り返し、数限りなく感電した傷痕だった。彼らはハブに、仕事中は片手を常にポケットに入れておけと教えた。さもないとお前さんがアース線になっちまうと。この忠告のおかげでハブは何度も命を救われた。「だがおまえの母さんに言わせれば、いつも片手をポケットにつっこんでいるってところが、おれの一番悪いところなんだってよ。ちゃんと世の中に出て行って社会のために働くのかと思えば、ポケットに手を突っこんでる。政治的な意味でそうなんだと言われてもおれには難しすぎてわからんが、何してるのかと思や、がめつく小銭を数えてるか、さもなきゃ、こそこそ "ポケット・ビリヤード" で遊んでるか。あ、その意味は、おまえの亭主に聞きなさい。 ありゃ男の専門用語だ。母さんがおれにもっと純粋な生き方を望んだのも無理はない。だが、おれのほうも、人生、転換期に差し掛かっていた。仕事がそうだ。 ......ちょうど『ブルート』ってやつの導入期でさ、あれはすごい増幅器だった。信じられんほどの光量だった。どのくらいの明るさか誰も教えてくれんかった。あれで仕事はじめたら、他の光じゃだめになる。あれがないと仕事にならんというざまさ。ああいうのも一種の心の病いってのかね。まあ電流切りゃ治るんだが。それとウェイドのことだ。昔のトランプの仲間でさ、一緒にピケも張った。肩を組んで一緒に闘ってきた仲間だよ。ある日そいつは寝返った。だが付き合いは続けた。 人生長くやってると、そういうことはどうでもいいことのように見えてくるんだな。 給料袋から組合費を吸い上げてくのがどっちか、アル・スピードたちの側か、IATSEか、そんなことはどうでもよくなる。闘いはもうずっと以前に終わってたんだ。終わってないフリをしていなくちゃいられなかっただけなんだ。いったい何のためだったんだ。何のためにおれたちはあれほど光を撒きつづけたんだ。映画のセットにも、エキゾチックなナイトクラブのセットにも、外にネオンの光るホテルの部屋の明かりも、雨粒が車窓を叩く列車の客室の明かりもみんな今となりゃシャドーのようなもんだ。みんな影だよ。 一生働いて金を貯めてそれが安全な株券になってエアコンつきの金庫室にしまわれていたって、それが何だっていうんだ。影だよ。水がこぼれるみたいにおれの指から世界がこぼれていったんだ。父さんは恥知らずの和平を結んだんだよ。 IATSEに入って、後は退職の日を待つだけだった。たったひとつの財産だった怒りを失くしてしまったんだ、何より大事な憤りってもんを、大量の影と引きかえに、売り渡してしまったんだ」

サーシャ-フレネシ-プレーリー という3代にわたる母-娘の話でもある。


その前のフレネシの物語なんて、相対性理論『バーモント・キッス』を思い出しちゃった。

 打ち負かされ幻影に囲まれたこの時間にフレネシはヴォンドを身近に感じた。彼をこよなく必要とした。彼自身の秘かな恐怖をひとつのイデオロギー――各人の生は死をもって完遂するのだというイデオロギーへと敷衍していく男。ほの暗いライトのついた玄関口を通ってブロックがやってくる。彼の影がフレネシを覆う。ファシスト的建造物を飾る猛禽類のような彼の訪問に、しかしフレネシは不思議な安らぎを覚えた。影がささやく。「これが君の望まれている姿なのだよ。乳房を腫らした牝犬。泥の中に寝そべった、表情のないノッペラな顔をした、観念して、単なる肉と匂いになりきった牝犬さ……」 もう自分は光ではない。もう自分は銀色ではない。彼女は理解した。 不可視の世界から銀の粒子が一粒一粒引きずり落とされフィルムに付着し、古さと喪失と破壊と手垢にどんどんまみれていく。かつて彼女は〈時〉の外側に生きることを許されていた。重さのない眼に見えない姿で時〉の中に自由に出入りしては好きなように収奪し操作する特権的な人生を。いま〈時〉がふたたび彼女の身柄を押さえた。パスポートを取り上げ、苦痛を感知する器官だけはフル装備した動物の状態に彼女を軟禁した。 pp.410-411

「あたしもうやめた 世界征服やめた 今日のご飯 考えるので精いっぱい」じゃん……。

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調べたら、やくしまるえつこは選書フェアで『ヴァインランド』も選んでいた……つまり、本作が『バーモント・キッス』の着想元の1つである説はあながち妄想ともいえない。なんてったって「熱海のピンチョン」やってたひとだからね!

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・14章(p.420〜)
フレネシが母親を放棄して再びブロック・ヴォンドのもとへ戻り、娘プレーリーの面倒を見ていたゾイドのもとに昔なじみの警察がやってきて、仕込みの麻薬の冤罪をかけられる。収監されたゾイドはブロックと初対面し、従者にみぞおちを一発殴られただけで何やかんやで釈放される。精神障害者ということにして、障害者手帳を介して体制はゾイドの消息を把握するという。

フレネシの母サーシャの家に保護されていたプレーリーを引き取ったゾイドは、サーシャの助言で北カリフォルニアのヴァインランドへ父娘ふたり移住すると決める。整備されていない田舎なので体制の監視が行き届きづらいうえに、昔サーシャやフレネシの一族がよく休暇で遊びに行っていた土地なので、いつかフレネシが来るかもしれないからだ。

 

 

 ここロサンジェルスに来てからのプレーリーはあまり運に恵まれてはいなかったけれど、旧友のチと再会できたのはラッキーだった。チェという子とは、おじいさん・おばあさん同士が、大昔のハリウッドで仲間だったという間柄である。 プレーリーのおばあちゃんのサーシャは、しかし、いくら電話をしても留守。しかも留守電メッセージによると、その電話は盗聴されているらしいのだ。
 モールをぶらつくことにかけては、プレーリーとチェはもう熟練したプロだった。フォックス・ヒルズには一番乗りの組だったし、シャーマン・オークス・ガレリアでも、ほとんどそこの原住民になりきっていた。小さいときから親指つっ立て、何日かけてもヒッチハイクで到着する。来てみれば「黄金の町」だなんてただの都市伝説にすぎないということばかりだったけれども、二人で一緒にいられるんなら、それでオーライ、文句はなかった。 今回の二人の待ち合わせ場所は、ハリウッドの丘を下ったところにできたばかりのヘノワール・センター〉だ。 p.465

なんか突然出てきたプレーリーの親友「チェ」との関係・シーンめっちゃいいんだけど!?

 

「ちょっとよからぬ想像したのさ。女の子だもん、いいじゃん?」
 「アホかぁ! このぉ!」 ふたりのいつものシネマ・ゲーム。スターはチェでプレーリーはいつもツッコミ役だ。幼いころ、バイオニック・ジェミーやポリス・ウーマン、ワンダーウーマンの真似をして遊んだころから役の分担は決まっていた。学校の作文の時間、自分がどんなスポーツパースン"になりたいか書きなさいと言われて、クラスのみんなはほとんどがテニスのクリス・エヴァートみたいな女性を選んだのに、プレーリーが書いたのはスポーツ・キャスターのブレント・マスパーガーだった。チェと一緒の時はいつも、親友の荒っぽい生きざまを脇で見ていてコメントするのがプレーリーの役。とはいっても、実際にアクションに加わることがなかったわけではない。なかでも輝いているのが「グレイト・サウスコースト・プラザ・アイシャドー強奪事件」。 p.466

パンクな(?)少女ふたりでお店で強奪事件を起こすの、セサル・アイラ「試練」を思い出すな

「美しい女を見るのは気分いいもんだなあ」うっとりした眼でチェを見つめる、プレーリーのツッコミである。
「ドッティばあちゃんのとこにさ、行ったよなあ、覚えてる? 六歳の時だっけか……雨の日。次の日がビッグ・マンデーっていう日曜日。思い出すなあ、コマーシャルのとき、君の顔を見て、〝この子とは永遠の絆で結ばれてたんだ"と思ったもんさ」
 「六歳? そんなになるまで気づかなかったの?」
 ふたりは歩き続けた。眼に見えないスピーカーからニューエイジ系のサウンドが湧きこぼれてくる。pp.469-470

 

幼馴染百合だ・・・

このくらいはチェにとっては、(ブレント・マスバーガー言うところの)「かなりイージーなレベルのプレイ」なのだろう。ずっと以前に完成されて、いまではウォームアップにちょうどいいくらいの。しかし今日は何か違った。芸を演じる二人の心は郷愁でいっぱいなのだ。秋の別れがもうすぐそこまで迫っている。ふたりの中で、今日のパフォーマンスは、お別れの記念のようなものだった。百戦錬磨のプロのコンビが、それぞれの道へ散っていく前に、過去の栄光を偲びながら、涙をこらえてやる最後の万引きショー…… pp.471-472

エモい……

赤面しながら抗議していたプレーリーも、急き立てられ、とにかくそれを着て二人の前に立つ。チェの優しさが伝わってきた。 こんなとき、 プレーリーはいつもある種のまばゆさの中に投げ込まれる気持ちがした。その奇妙な温かさは、いつも
 数分で消えてしまうものなのに、今日は違った。 屋外用の制服(スウェットシャツとジーンズとスポーツシューズ)に着替えたプレーリーはいま戸外のステップに立っている。大きく滲んだ染みのような夕闇が降りる中、荒々しいレモン色の逆光に照らされて戸口に立つチェの姿を見つめる時も同じ気持ちが続いていた。……いま自分が立っているのは船着場のステップで、チェか自分かのどちらかがこれから暗い海を渡る危険なクルーズに出かける、それが今度はとても長くて、今度会えるのがいつになるかわからない、そんな気持ちでプレーリーは友を見つめた。
 「ママ、ゼッタイ見つけんだぜ」と言って、鼻のグシュグシュを演技でコカインのせいにするチェ。
 「だけど、プレァ、その髪ぃ、なんとかしろよな」 p.474

最高!!

 

 


6/7

あと20ページ
フラッシュって誰だよ… 完全にわすれていたので検索したら、フレネシの現在の夫? 彼の息子でありプレーリーの種違いの弟ジャスティン。フレネシが産んだのプレーリーだけじゃないんだ。

やっぱフレネシと父親の関係好きだわ


6/8
ちょうど正午ごろ、通勤途中の電車内で本編読了!!! 552ページ。やっとだ……感慨深い……
2年間かかった。重力の虹は2ヶ月で読んだので10倍以上だ。

わりとハッピーエンド感のある締めだった。筋をちゃんと追えているとは到底言えないが、母と娘は待望の再会を果たしたし、悪役ブロック・ヴォンドは失脚(&死?)したし。。
DLとタケシもなんやかんやでいい感じのカップルに落ち着いた。ほんとお似合いのふたり。

終盤に出てきたロシア人のバンド青年アレクセイ君はなんだったんだ。初登場だよね? カラ兄繋がりなのか分からんが、こちらもプレーリーとのヘテロカップル役ってこと?
最後の最後は我らがヒロイン、プレーリー(と愛犬デズモンド)による平和的な温かみと希望を感じるシーンだった。しかし、自分を連れ去ろうとしたブロックのもとへ戻っていたように、彼女自身にも闇への欲動的なものがあることは示されている。母親から受け継いだもの?

父親ゾイドが特に何も活躍してないのはピンチョンらしい。ただ元妻の現在の夫と駄弁って慰めあっていただけ。

 

 

 

読んでいた期間:
2021/1/3~2022/6/8

 

『V.』『競売ナンバー49の叫び』『重力の虹』『スロー・ラーナー』『ヴァインランド』と刊行順に読んできましたが、暫定でヴァインランドがいちばん好きかもしれない。ポップでキャラが濃くて面白いのと、シンプルに語りの技術がすごい。(巻末付録の図は圧巻!)

ベタにエモいのもいい。「懐古」をひとつの主題として、語りの構造まで徹底している。DLとフレネシ、プレーリーとチェの関係(百合)もアツかった。

 

そういや、「チェ」という愛称といい、序盤で主人公がチェンソーマンになって登場するのといい、藤本タツキとその読者は『ヴァインランド』を見事に下敷きにしていてすごいな~と思う。

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