「プールサイド小景」庄野潤三

庄野潤三プールサイド小景静物新潮文庫

 

 

こないだ大阪梅田から徒歩圏内の詩歌中心の古書店葉ね文庫」の100円ラックで大量に買ったうちの1冊。
プールサイド小景」って名前だけ聞いたことがあって、名作らしいという噂を頼りに買った。
当然ながら初庄野潤三。いつぐらいの時代の人かも知らずにまずは表題作から読み始めた。

 

 

プールサイド小景

てっきりプールの話かと思ってたけど夫婦・家庭の話なんかーい!(いや"プールサイド小景"という題の通りだけど)

ザ・昭和の小説って感じ。
それは「〜である。」「〜なのだ。」的な文体からも、また現代では炎上しそうな古風な夫婦観からも感じる。
夫の帰りを待ち、愚痴を聞いて慰めるべき夫人。夫はバーでの女遊びも許される。

夫人は、小柄で、引き締まった身体の持主である。赤いサンダルを穿いて、麻で編んだ買物籠を片手に道を歩いている時の彼女を見ると、いかにも快活な奥さんと云う感じがする。駅の近くのコーヒー店へ犬を連れたまま入って、アイスクリームを食べているところを見かけることがあるし、二人の男の子と走り合いをして、子供を負かして愉快そうに笑っていることもある。 p.44

犬を連れた奥さん!?

 

彼女はそれを覗き見ようとしてはならない。追求してはならない。そっと知らないふりをしていなければならないのだ。 p.57

夫人側の物分りがいいというか(不当なまでに)夫への配慮をしてあげてる感じは島尾敏雄『死の棘』とは大違いだ。

 

──そこは、美貌で素っ気ない姉と不美人でスローモーションの妹が二人でやっているバアだ。 p.51

「スローモーションの妹」って何!?と思ったけどどうやら実際に動きが遅い(気怠げ?)らしい。

 

僕の会社のあるビルでは、各階のエレベーターの横に郵便物を投げこむ口があるんだ。
それは九階から一階まで縦に通っている四角い穴というわけだ。廊下に面したところでは、透き通っていて、手紙が落ちてくるのが外から見えるようになっている。その前を通りかかると、白い封筒が落下してゆくのを見ることがある。それは廊下の天井のところから床までの空間を、音もなく通り過ぎるのだ。続けさまに、通り過ぎるのを見ることもある。
この廊下が、うちのビルは特別薄暗い。あたりに人気のない時に、不意に白いものがすっと通るのを見かけると、僕はどきんとする。その感じはどう云ったらいいだろう。何か魂みたいなもの──へんに淋しい魂のようなものなんだ。 p.59

ここ、なぜかいきなり幻想的というかSFチックというか、鮮烈な映像を想起させるくだりを入れてくるなぁと驚いた。好き。
こういう縦長で透明な郵便受けみたいなのって実際にあった/あるのだろうか。

 

彼等を怯えさせるものは、何だろう。それは個々の人間でもなく、また何か具体的な理由というものでもない。それは、彼等が家庭に戻って妻子の間に身を置いた休息の時にも、なお彼等を縛っているものなのだ。(中略)
誰もいない朝、僕は椅子や机や帽子かけやそこにぶら下がっているハンガーを見ていると、何となく胸の中がいっぱいになってしまうことがあった。それらは、ここに働いている人間の表象で、あまりに多くのことを僕に物語るからだ。 p.61

いかにも本作の核心っぽい部分。「いかにも昭和っぽい小説」と言ったけど、こういう今の社会にも通じる勤労形態・サラリーマンの原型みたいなのって昭和のこの時期に一般化し始めたのかな。だから、そうした部分での人間や人生の在り方についてこうして文学で描写する余地・必要が生まれた?いや全然しらんけど。

 

自分の睫毛のまたたきで相手の睫毛を持ち上げ、ゆすぶるのだ。それは不思議な感触だ。たとえば二羽の小鳥がせっせとおしゃべりに余念がないという感じであったり、線香花火の終り近く火の玉から間を置いて飛び散る細かい模様の火花にも似ている。 p.65

ここの描写なかなかいい。睫毛同士を接触させるのが「彼女が発明した愛撫の方法」だなんて官能的だし、それが比喩によって途端に幻想的な手触りを得る。

 

やがて、プールの向う側の線路に、電車が現れる。勤めの帰りの乗客たちの眼には、ひっそりとしたプールが映る。いつもの女子選手がいなくて、男の頭が水面に一つ出ている。 p.67

最初と最後に現れるこの、プールを電車内の会社員たちの視点から捉えるシーン、なんか覚えがあると思ったらあれだ、小島信夫「馬」で、電車から自分の家の方角を眺める描写だ。

 

ー読み終えたー

 

ほとんどどこにも引っかかることなく「ふーん」という感じで読んでしまった。こういうのが文学として受容されていた時代があったというのが新鮮。(いや今でも愛読者はいるのだろうけど)

巻末の解説によれば「蟹」「静物」あたりが最高傑作らしいので次はそちらを読もう。 

 

 

プールサイド小景・静物 (新潮文庫)

プールサイド小景・静物 (新潮文庫)

 

(自分が買ったのはもっと古い装丁のやつ)

 

 

アメリカン・スクール(新潮文庫)

アメリカン・スクール(新潮文庫)

 

 「プールサイド小景」と同時に芥川賞をとったのがかの有名な「アメリカン・スクール」らしい。大学の授業で読んだけどほぼ覚えてない。「馬」も確かこれに入ってる。

 

 

死の棘 (新潮文庫)

死の棘 (新潮文庫)

 

 みんな大好き日本文学の極北にして私小説の終着点こと死の棘。半分読んで力尽きた。だってやってることほぼずっと変わらないし…

 

 

 「犬を連れた奥さん」の何が良いのか全然理解できなかった覚えがある。チェーホフの良さがわからない自分はセンスが無いんだなと落ち込んだ。「ねむい」は好き。